かいとり

なんでも買取ってくれる店が近所の商店街に出来たという話を耳にした。

真っ先に思い浮かぶのは古本屋。フリーマーケット。今やインターネットでも気軽にアクセス、売買できるようなそんなお店。

けれど僕らの街の商店街に突如現れた買取屋は少し、いやかなり変わっていた。


今朝のクラスではそのことが話題になっていた。

「なんでも、物じゃなくても話のネタやら情報なんかも買ってくれるらしいよ」

近所の商店街、長年空いてたテナントスペースに突如謎の店が出現したらしい。普段そこの商店街での買い食い常連なクラスメイトが注目しないはずがない。

「お笑い芸人のネタも教えたらお金貰えるって」

「若者の流行りの情報とかもお金になるらしい」

本当に何でもいいらしい。不思議な店だ。

逆に何かを買おうとすれば、店の人に「ネタをください」とか言うのだろうか。想像するとちょっと笑える。

午後は部活も無かったので試しに商店街にある例の買取屋に行ってみることにした。

大学生くらいの若い人が店の奥で漫画を読んでいた。髪はさっき美容院に行ったばかりですとでも言わんばかりにボブカットに切り揃えられている。

「あの、ここでは物じゃなくてもネタやら情報やら何でも買い取ってくれると聞いたんですけど」

「買い取るよー、金になるならね」

気怠そうなその人はこちらを一切見ず、漫画から目を離さない。物語の佳境なのだろうか。

「鬼滅の刃面白いよねー。これは日本の宝だよ」

「は、はあ」

店の中では近所の人が売っていったらしい骨董品や雑貨、ゲームソフトまでが乱雑に置かれている。値札は付いていない。

「ここに飾ってあるものは商品なんですか?」

「うん、僕の前に置いてくれたら売ってあげるよ」

「あの、値札とかは」

「気分で変わるから貼ってないかな、まあ置くだけ置いて払えないなら返してくれても大丈夫だし」

随分といい加減な商売だが大丈夫なのだろか。少し不安になりながらも、僕は「今日は売りたい情報があるんです」と言った。

「おっと、待ってくれ。とりあえず鬼滅の23巻を読み終わるまで待ってくれ」

「あ、はい」

取り込み中だったせいか、少し待たせる結果となってしまった。待つこと数分、ようやく大作を読み終えたと言わんばかりの恍惚な表情を浮かべた店主に僕は話しかけた。

「あの、買取を......」

「かーっ!もう、君は読後の余韻をとことん邪魔するタイプか。空気を読めないタイプか」

「あっそのすみません」

「いいよもう。で、何を買い取ればよろしいのかね」

僕はあらかじめ用意していた情報を開示した。「この世界、おかしいんです」

「......いやおかしいのは君やんけ!」

数秒の静寂。店主は微妙に考える素振りをして「300円......」と呟いた。

「300円、罰金。私の漫画タイムを邪魔したのと私が突っ込まないと成立しないネタを出してきたので合わせて300円。はい、払って」

「え、逆にマイナスなんですか、これ」

「当たり前よ、ったく、何がこの世界、おかしいだ。訳わかんないギャグは私じゃないとウケないから、他の人にやっちゃダメだよ」

僕は300円を支払うことができなかった。相手にとっては端金なのだろうが学生身分にとってはなけなしの300円である。それを時間だけ取られて巻き上げられるなんてとんだ買取屋だと思った。

「ちなみにこれ別にギャグとかボケとかそういうのじゃないんですけど」

「?」

支払う前に少しだけ抵抗してしまうのも負けず嫌いな性格からである。今度はPCを立ち上げた店主は眉毛を動かした。聞く耳は持っているらしい。

「どういうことかな」

「店主さん、さっきから僕と全く目を合わせようとしてないじゃないですか。あなたそれだとお客さんに失礼すぎます」

店主は渋々僕のほうを見ようとPC画面から顔をあげた。途端に動きが止まる。

「だからおかしいんですよ。この世界」

目の前にいた僕はそう言った。


差し出された一万円紙幣を僕は気持ちだけ受け取ることにした。

逆に僕はその店主から「なぜこの世界がおかしいのかの理由」を売っているか聞いてみたところ「売っていない。さっさと帰れ」と追い出されてしまった。

なんでも買い取ってくれる店ではあったけどなんでも売っている店ではなかったということか......。がっくり肩を落とす。


向こう側から誰かが車椅子に乗って向かってくる。どんどん近づいてくるうちに乗っているのが僕より小さい少年だった。

すれ違う。その少年は何かに焦っているような、怯えているような。何かから逃れようと必死な表情をしていた。まるで何かを悟ったような。何か重大なことが起こっていることに気づいている目をしている。もしかすると同志なのかもしれない。

声をかけようとして躊躇した。彼の悩みを増やしてしまいそうになったからだ。彼は僕という存在に気づかないまま、何かに焦り、恐れ、逃げようとしている。この世界のことわりから。


僕はそれでも良いと思う。

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