えんじゃなんじゃ

るしお

えにぐま

近くの街灯が次々に点灯し始めた。

時刻は午後五時、しばらくここで眠っていたせいで辺りはすっかり暗くなっていた。

公園に一人残された私はそろそろ帰ろうかと腰を上げる。

「ん?」

足元に何かが書かれていた。そういえば昼時に車椅子に乗った少年が、何やら必死に落書きしていたのを思い出す。

文章のようだ。

「この世界は謎に満ちている」

彼は何か頭をこじらせているのだろう。

私は見て見ぬふりをしてその場を去った。


「お兄さん、昨日もここにいたよね」

車椅子に乗った少年は次の日もやってきた。

「ああ、いたねえ」

短く返すと、少年は地面に落書きをし始めた。

私はひどい睡魔に襲われ、その日も少し仮眠をしてしまう。

そして起きる頃には夕方になる。

地面には理解不明な数式が長々と書かれていた。彼は努力家らしい。


その次の日、やはりその少年は車椅子に乗って現れた。そして地面に落書きをする。

「お兄さん、暇なの?」

「暇じゃないよ、忙しいさ」

「嘘。いつもここで座って寝てるじゃん」

「寝るのが仕事なんだ」

興味を失ったのか、それ以降は口を閉ざして黙々と落書きをする。

昨日と同じく数式のようだ。

無音に促され、私は静かに眠りにつく。


起きたら少年が私を覗き込んでいた。

「大丈夫?お兄さん」

心配そうに私の顔色を伺う。

「ああ、少し眠っていたみたいだ」

私はゆっくり起き上がった。空はまだ明るい、今日は少し早めに起きれたようだ。

「やっぱりおかしいよ、この世界」

少年はぽつりと呟く。私は彼の妄想に付き合うことにした。

「どうしてかな」

「僕は毎日この公園で落書きをする。それも地面に。でも僕は車椅子に乗ってるんだよ?どうやって書いてるのかな」

私が答えにくそうにしていると。

「あとあんなにたくさん書いたのに、なんで次の日には綺麗さっぱり無くなってるんだろう」

私は一息ついて立ち上がった。それを無表情で見つめる少年に私はこう答えた。

「世の中には、それはもう不思議なことがあるのさ。君が車椅子に乗りながら地面に落書きすることだって、雨が降ったわけでもないのに落書きが消えることだってあるんだよ」

少年は納得できないと言わんばかりに車椅子を揺らした。

「僕は今日徹夜で計算したんだ。見てよこの計算量。すごいでしょう」

下を見ると公園全体が数式で埋め尽くされていた。私の周り以外全ての場所に彼の筆跡が残されている。

「君は本当に努力家なんだね」

「そうさ、だから僕は努力して車椅子を下りてやるんだ」

足元を見つめながら私は聞いた。

「この世界は謎に満ちていると言ったね」

「うん」

「それを解き明かせたら、君は車椅子を下りられるよ」

「どういうこと?」

「そして次は私が何者なのかも解き明かしてくれ」

そう言って私は公園を後にした。

少年は「どういうことだよ!」と叫んだが私は振り返らなかった。


少年は一人残された。

その間、謎は消えることなく、より増えていった。

自分はなぜ車椅子に乗っているのか。

自分はなぜ地面に落書きができるのか。

自分はなぜ数式を書けるのか。

自分はなぜ数式を書いたのか。

自分はなぜこの世界が謎だと気付いたのか。

自分はなぜ一人なのか。

そして、自分は誰なのか、と。


えにぐま

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