(6)
夏休み明け初日。学校。二年三組の教室。
朝から騒がしく夏休みの出来事を話すクラスメイトたち。
そんな中、学校に登校してきた透華は教室内を見回す。
しかし、彼の姿が見当たらない。
始業式が終了しても、彼は相変わらず姿を現さない。
クラス内では彼のことを心配する声が上がる。
透華は何度も彼に送ったメッセージを確認する。
だが、返事は来ていない。
そうしているうちに、夏休み明け初日の学校は終わろうとしていた。
帰りのホームルームの時間になり、先生が慌ただしく教室に入ってくる。
『突然ですが、みんなにお知らせがあります。牧瀬君がこの秋から別の学校へ転校することになりました』
『えっ、噓でしょ?』
『マジなんですか、先生?』
クラス内に衝撃が走り、驚きの声が至る所で発生する。
『私にも何がなんだか。とにかく望月さん、ちょっとこちらに来てください』
おそらく一番ショックを受けていたであろう透華が先生に呼ばれ、動揺を隠せないまま教室の前まで歩く。
先生はよろよろと歩いてきた透華の前に手紙を差し出す。
『望月さんへの手紙です。あとで渡しておいてください、ってつい先ほど牧瀬君から直接手渡されました』
封筒の表には『透華ちゃんへ』という文字が書かれている。
透華は縋りつくように受け取り、急いで中から手紙を取り出す。
開かれる手紙。
ハッと息をのむ透華。
映像は、手紙の中の『実は俺は幽霊でした』の一文を捉える。
観客からも驚きの声が漏れる。
そう。これがこの映画最大のミスリード。
幽霊だと思われた透華が人間で、人間だと思われた直夜が幽霊。
あらゆる状況をひっくり返す、どんでん返し。
『ち、ちょっと望月さん⁉』
手紙を読み終えた透華は、先生の制止を振り切って教室のドアに手をかける。
まだ間に合うかもしれない。
勢いよくドアを開け、振り返ることなく教室を飛び出す。
――透華ちゃんへ。
左右を見て、昇降口のあるほうへ大きく足を踏み出す。
――透華ちゃんがこの手紙を読んでいるということは、俺は無事に約束が果たせたということですね。どう伝えようか迷ったのですが、この方法が一番良いだろうと思いました。
体が加速する。
――俺は透華ちゃんに、それからみんなにずっと秘密にしていたことがあります。実は俺は幽霊でした。みんなとどうしても一緒に過ごしたくて、仲間に入りたくて、この高校に紛れ込んだんです。今まで言えなくてごめんなさい。
もっと早く、と透華は腕を動かし、床を蹴る。
――でも、言えなかったのには理由があります。幽霊であるという秘密がばれてしまうと、俺はこの世界から姿を消さなければならないのです。だから、秘密を打ち明けるべきかどうかずっと悩んでいました。
表情が崩れて、涙が溢れてくる。
――なぜ打ち明ける気になったのかというと、それは透華ちゃんのおかげです。やりたいことがあると思って高校生として紛れ込んだのに何をしたらいいのかわからなくて、気がついたら俺はもやもやと一年以上も過ごしていました。そんな俺の前に現れたのが透華ちゃんです。透華ちゃんの姿を見ていて、俺は思い出しました。今過ごしているこの何気ない時間こそが、遠くから見ていたときに輝いていたものなのだと。つまり、もう俺の願いは叶っていたんです。それを透華ちゃんは教えてくれました。
一縷の望みを託して、がむしゃらに彼がいるかもしれない場所を目指す。
――だけど、俺は同時に今の状態を失うことを恐れました。いつまでもこうしてみんなと一緒に、透華ちゃんと一緒に過ごしていたいって思ってしまったんです。でも、それは俺の独りよがりな憧れです。身勝手な願望です。何より、嘘をついたままでいることが心苦しくて、このままではいけないと感じました。
なりふり構わず、透華は全速力で廊下を駆け抜ける。
――この秘密を打ち明けるなら相手は透華ちゃんにしよう、と俺は心に決めました。幽霊である俺の望みを思い出させてくれた透華ちゃんになら、全部話してもいいと思えたんです。そしておそらく、俺は透華ちゃんのことが好きです。……って、これじゃ変な言い方だな。ごめん。こんな気持ちになったことがなかったのでどう言葉にしたらいいのかわかりませんが、俺にとって透華ちゃんは正真正銘の初恋相手でした。
『待って!』
――本当にありがとう。さようなら。
『お願い! まだ消えないで!』
泣き叫びながら駆け込んだ下駄箱前。
足を止めた透華は、涙でくしゃくしゃの顔を上げる。
『透華ちゃん、来るのが早いよ』
そこには悲哀に満ちた笑顔で佇む直夜がいた。
『……ずるいよ』
赤くなった目を拭い、鼻をすすりながら、透華がその場から言葉を投げかける。
『まだ約束果たせてない。わたしの秘密、聞いてもらってない』
『そういえばそうだったね。ごめん』
『わたしも……』
絞り出すような透華の心の声が響く。
『わたしも牧瀬君のことが好き!』
直夜の驚いた顔が画面に映る。
ようやく言えた、と透華の表情は少しだけ明るくなる。
『そうだったのか。てっきり、俺の片思いかと』
『ううん、そんなことない。わたしは牧瀬君が好き。最初に話しかけてくれたときからずっと』
首を横に振った透華はそっと手を胸に当てる。
『それがわたしの秘密。誰にも知られていなかったわたしだけの秘密』
俯く透華に向け、直夜の優しい声が届く。
『ありがとう。最後にその言葉を聞けて良かったよ』
透華が顔を上げると、直夜の輪郭がぼやけて見えた。
直夜の体は消滅しかけていた。
『お別れの時間が来たようだ。俺はそろそろ行かなくちゃ』
『どうしても止められないんだよね?』
『ごめんね。そういう決まりなんだ』
あと少しだけ与えられた時間の中で透華が尋ねる。
『また会える?』
『俺は幽霊だからね。透華ちゃんがどこにいようと、時間も空間も飛び越えて会いに行くよ』
半透明な姿で泣き笑う直夜。
『でも、わたしには見えないんでしょう?』
『そんなことないさ』
消えかけた涙と笑顔が透華の台詞を否定する。
『忘れなければ、また見つかる』
それが直夜の最後の言葉だった。
どこでとも、どうやってとも言わないで。
『……わかった。忘れない』
残された透華の呟きが、直夜の消えた世界に新しく生まれる。
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