(5)

 夏の終わり。夜。河川敷。


 花火イベント当日、直夜は暗くなった川沿いの道を一人歩く。


 集合場所が近くなると、同じ場所に向かうクラスメイトが続々と周りに現れる。


『よっ、王子、久しぶり。会いたかったよぉ』


『俺もだよ。一か月ぶりくらいかな』


『お前ら、なに遠距離恋愛の恋人同士みたいな挨拶してんだよ』


『だって、学校ないとなかなか会えなくて寂しいじゃん。それに今日は花火だぜ。テンションも上がるってもんよ』


 男子二人に両側から話しかけられ、直夜はいつもと変わらないような笑顔で応対する。


 さらに、賑やかな女子四人組も後ろから近づいてくる。


『おはよー、王子たち今日はよろしくね』


『おはよう、っていうよりこんばんは、じゃない? 時間的に?』


『こんにちは、もいけそう。朝でも夜でもこんにちは』


『なにそれ、おもしろーい』


 朝でも夜でもこんにちは、というフレーズがなぜかツボに入った彼女らは、何度もそれを復唱しながら、ゆっくりと歩く直夜たちを早足で追い抜いていく。


『なんだ、あいつら?』


『さ、さあ』


 直夜は苦笑しながら、女子四人組の行く先に目を向ける。


 そこに、一人の少女の姿を見つける。透華だ。


 先ほどの女子四人組は透華にも何か話しかけ、透華が困惑しながらも楽しそうに笑いながら返事をする様子が映る。


 それを見て、直夜の表情がふと、深刻なものに変わる。


 だが、その変化に気づく人はいない。


 両脇の二人も、近くを歩くクラスメイトも、もちろん透華も。




 夜の河川敷に集合した参加者たち。


 早く早く、と待ちわびる声が上がる中、イベントの主催者が花火開始の音頭を取る。


『えーっ、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます』


『なにその喋り方?』


『演説かよ!』


 周りから総突っ込みを受け、主催者の男子がやけくそ気味に叫ぶ。


『あーっ、もう! 俺こういうの苦手なんだよ! とにかくみんな、今日は集まってくれてサンキューな。思い出作りがしたいなんて突然の思いつきでイベント開催しちゃったけど、こんなに集まってもらえて俺は嬉しいです。あとはもうみんなが盛り上がってくれれば言うことなしだ。さあ、一人一本ずつ花火を手に持ってくれ。近くにろうそくはあるか? 準備はいいか?』


 集まったメンバーが『おーっ』と手持ち花火を夜空に掲げる。


 数秒の静寂の後、最後の掛け声が夜の河川敷に響く。


『今日という日を一生の思い出に残る日にしましょう! では、全員点火!』


 暗かった世界に、一斉に色とりどりの光が放たれる。




 ここから映像は花火で盛り上がるクラスメイトたちの姿を順番に映し出す。


 この辺りの一連の流れはほとんどの部分がアドリブだ。


 輝くような笑顔で花火をする彼ら彼女らは、純粋に自分たちの花火を楽しんでいる。


 良い意味でカメラを意識せず、本当に今この瞬間を最高の思い出にしようとしている。




 そして、このあとがいよいよ直夜と透華が二人きりになるシーン。


 この場面で、二人は「お互いに秘密を打ち明ける約束」をする。




 ――片方は恋心を、もう片方は幽霊であることを胸に秘め。




 暗闇に花火の色が舞い始めてしばらく経った頃、直夜は盛り上がる集団から一人離れた場所で線香花火をしている透華を見つける。


 直夜は透華のもとに行き、静かに話しかける。


『花火、楽しい?』


『うん』


『俺も線香花火にしようかな。まだ残ってる?』


 透華は脇に置いてあった数本の花火のうちの一本を直夜に渡す。


『ありがとう』


 直夜は傍にあった点火用のろうそくで火をつける。


 線香花火がぱちぱち弾ける。


『透華ちゃんが転校してきてからもう三か月か。この学校にはだいぶ慣れた?』


 透華は静かに首を縦に振る。


『それなら良かった。転校生って何かと苦労があると思うけど、もし何かあったら周りの人を頼ってもいいんだよ』


 爽やかに見える笑顔で直夜は透華を諭す。


 二人の線香花火は暗闇の中で光を放ち続ける。


『夏休みももうすぐ終わりだね。透華ちゃんは今年の夏、どうだった?』


『……』


 透華は何か言いたげな表情をしながらも答えない。


 しばらくして、透華の線香花火の玉が落ちる。


 直夜は透華の手から燃え尽きた花火を奪い取る。


 そして、代わりに新しい線香花火に火をつけて持たせる。


『俺はこの夏、やり残したことがあるんだ。伝えなければならないことを伝えなければならない人に伝えること。……って、なんか伝えるって言葉使いすぎだね。わかりづらくてごめん』


 表情を悟られないように頭を下げつつ、直夜は話を続ける。


『実は俺、透華ちゃんに秘密にしていることがあるんだ。ずっと言わなくちゃって思ってたんだけど、なかなか言えなくてさ』


 花火を見つめていた透華は驚いたように直夜のほうを振り向く。


 直夜の線香花火の玉が落ちる。


 透華は覚悟を決めたように頷くと、芯のある声で語り出す。


『わたしもある。牧瀬君に秘密にしていること。ずっと伝えたいって、知ってほしいって思っていること』


 今度は直夜のほうが驚いた顔を見せる。


 でも、すぐに笑顔を作って約束を取り決める。


『じゃあ、夏休みが明けたらお互いに学校で打ち明けようか?』


『……わかった』


『約束だよ』


『うん、約束』


 二人を包み込む静寂。


 スクリーンの映像は透華が持っている線香花火にズームする。




 場面が学校に切り替わって、映画はラストシーンに突入していく。

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