(4)
放課後。夕方。河川敷。
制服を着て、横に並んで歩く二人。
ゆっくりとした歩調に合わせるように、直夜がそっと語りかける。
『最近調子はどう?』
透華は俯き加減で静かに答える。
『少しずつだけど、みんなと話せるようになってきた』
『そうか。それはいいことだね。焦らずにやっていけば、もっといろんな人と交流できるようになるよ』
透華は返事をせず、黙ったまま小さく前に出る足元を見つめる。
沈黙を挟んで、直夜が質問をぶつける。
『そうだ。透華ちゃんは高校生活でやりたいことってある?』
答えるのに戸惑う透華を見て、直夜は自分から語り始める。
『俺はそのことについて結構考えたりしてきたんだよね。自分はいったい何がしたいんだろう、自分に何ができるんだろうって。今という時間がものすごく貴重であることは頭では理解できてるんだけど、じゃあ何をどうすればいいんだってなったときに具体的には思い浮かばなくてさ。もどかしい気持ちがずっとあったんだ』
透華は直夜のほうに一瞬だけ視線を向けてから口を開く。
『わたしもそう。やりたいことを訊かれてもわからない。多分、同じような想いを抱えている人って少なからずいるんだと思う。でも、それは似ているだけ。実際はそれぞれ別の悩みで、一緒にしようとするときっとどこかで間違う』
『なるほど。確かにそうかもしれないね』
直夜は感心したように呟き、爽やかに微笑みかける。
『透華ちゃんは物事が冷静に見えてるんだね』
『……そんなことないから』
覗き込んでくる直夜から目を背け、透華は顔を赤らめて呟く。
夕陽が作った影が二つ並んでいる。
同じ速度で歩く二人が楽しそうに話す光景を、沈みゆく夕陽が輝かせている。
『また一緒に帰ってくれる?』
『うん』
遠ざかる二人の背中をカメラは捉え続ける。
帰り道のシーンが終わると、スクリーンの映像はまたいくつかのカットを連続で流していく。
教室、廊下、昇降口など、学校のいろんな場所で直夜と透華がそれぞれの日常を過ごす場面だ。
だが、二人の関係はなかなか進展しない。
クラスでの居場所を見つけつつある透華とクラスの人気者である直夜。
お互いに意識するような視線を向けたりはするものの、この前の一緒に帰った日以降、二人は距離を縮められずにいる。
そうしているうちに夏休みが近づいてきて、誰もいない廊下を一人で歩く透華がモノローグで今の心境を語る。
『また一緒に帰ろう。そうして交わした約束は未だ果たされていない。踏み出し方を知らないわたしは彼に近づくことができない。今日こそは何かが変わるかもしれない。そう願っている間に日々は刻々と過ぎていく。変わりたい。でも、変え方がわからない。変えていいのかもわからない。もうすぐ夏休み。夏休みが始まったら彼と会う機会もないだろう。ずっと言えないでいるこの秘密を打ち明けることもできないままに』
映像が切り替わり、映画の世界は夏休みに突入して、今度は直夜のモノローグ。
灼熱の太陽の下、テニス部の部員としてコートでラケットを振りながら汗を流す直夜の真剣な表情とともに語りが入る。
ちなみに、この動画は夏休み中に実際にテニス部に訪問して撮影したものだ。顧問の先生も部の宣伝になると思ったのか、快く受け入れてくれた。
『夏休みに入ってからというもの、俺と彼女はまったく顔を合わせていない。何か会う口実を作ろうかと考えてみたりはするけれど、その思考はいつも途中で途絶えてしまう。今のままの距離感でいたほうがいいのかもしれない。彼女は俺のことを仲間として認めてくれたが、俺は本当のことを話していない。それではアンフェアなのはわかっている。ただ、この秘密を打ち明けることは、彼女との関係性が永遠に変わってしまうことを意味する。そうなってしまったら二度と元には戻れない。それでも……』
部活が終わり、直夜は携帯を手に取って画面を見る。
そこには、「クラスのみんなで夏の終わりに思い出を作ろう」という趣旨の花火イベントのお誘いメッセージが表示されている。
画面を動かして、望月透華が『参加します』と返信しているのを直夜は確認する。
迷いを振り切るように頷き、直夜も『参加希望』と主催者にメッセージを送る。
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