20××年10月×日
【1】
世の中、状況が劇的に変わることなんてそうそうない。
台本に僕の名前がないことを告げた翌日、クラス全員に対して加筆された追加の台本が配られた。修正箇所が発生したことにより、その周辺部分の話の流れが変わったのである。
とはいえ、それは数枚分でしかなかった。それが僕の影響力だ。当然のことながら、物語全体に影響を及ぼすような役を後から与えるわけにはいかず、結果として誰かの台詞の掛け合いに少しだけ参加するような目立たない役が僕のために作られた。指摘した次の日には改善されたのだから文句のつけようがなかった。
確かに「全員に役が与えられた劇」は、文化祭での公演に向けてすぐに全体練習が始まった。
僕は一回も休むことなく真面目にその練習に参加した。おそらく誰の印象に残ることもない、申し訳ない程度に加えられた平凡な台詞をひたすら何度も繰り返した。
それから、僕は放課後の文化祭の準備にも顔を出すようになった。
初めは何をしていいのかまったくわからなかったが、手伝いたいという旨を伝えると、まだ製作の終わっていなかった衣装や小道具作りに回された。
文化祭の日が迫るごとに僕のように後から準備に参加する者も増えていき、遅れ気味だった劇の制作はハイペースで進められた。
そんな大勢の中での僕の仕事量などほんのわずかなものだった。たとえ自分がいなくても間違いなくこの調子で文化祭の準備は進行しただろうな、と作業をしながら思っていた。
それでも、その微力な手助けによって変わることもあるだろう。単独ではサイコロの目を変えることはできないとしても、その目が変わったとき、そこには誰にも気がつかれなかったような小さな力が集結している。
そんな都合のいい話を、僕は少しだけ信じてみる気になった。
けれど、それはいつまでも日陰者でいいということではない。
僕はどうしたってドラマチックな展開を期待してしまう。いつかは主役になって物語の中心で活躍したいと願っている。
人は皆自分の人生の主人公だ、などとよく言われることがあるけれど、自分のことを主人公だと思える人間はそれほど多くないのではないか。
理想の世界とは大きく違う現実の世界に辟易として、ここではないどこかに逃げ出したくなることもあるに違いない。
でも、それはきっと悪いことではない。逃げた先で広がっている景色もある。そこから繋がっていく物語もある。
だって、逃避の根底には必ず憧憬があるのだから。
僕は周りを見渡す。今日は文化祭前日。
文化祭の前日と前々日は、準備のために一日授業がなかった。そのため、すべての時間が文化祭のために使われ、学校中がお祭り前にお祭り騒ぎになっていた。
こういう光景を見ていると思うのだが、学校の文化祭のようなものは準備期間がむしろ楽しいみたいなところがあって、すでに完成したものを見せることだけではなく、それらが形になっていく過程にみんなが盛り上がっていたりする。
僕なんか最後の最後で帳尻合わせに準備に参加したような人間だけど、それでも興奮の渦に少しは入れている気がする。
端っこのほうだけど、ちょっとは味わうことができている。
でも、いつかは僕も感動を巻き起こせるような人間になりたい。
大きな渦の中心に立って、そこからしか見えない景色というのを体感してみたい。
明日はこの現実の世界で文化祭を迎える。
僕は教室の壁際に一人寄りかかって、出来上がった数枚の背景画やその前で衣装を身に纏って楽しそうに笑うクラスメイトたちを眺めた。
僕と朝野の世界は違う。僕たちの文化祭は朝野たちの文化祭とは違う。
だけど、絶対に敵わないということはない。僕らの演劇だって、朝野たちの映画に負けないくらい面白いものになっている。
だから、僕の世界の文化祭が無事終わったら、次は朝野たちの番だ。
それで小説のほうもいよいよ完結する。
もし、最後まで書けたら……。
小説を書いている間、僕はそのことについてずっと考えてきた。自分のやっていることの意味や価値をなんとか見出そうした。
だが、答えは未だに出ない。
それでも、書いた小説はやはり誰かに読んでもらいたい。
どうせだったら、ネットに公開してみるのもいいかもしれない。
それで何かが変わるのかはわからないけれど、やってみる価値はあるはずだ。
そして、たとえ結果が出なかったとしても最後まで抗ってみせる。
何度だって答えを探して、書き換えて……。
まあ、それについては今はいいだろう。
とにもかくにも、明日は文化祭。
まずは、僕自身の目で見て、体験してこよう。
そこに意味や価値があるかどうかは、物語が教えてくれる。
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