小説『インタラクション』 第6章

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 家に帰って、智文はノートパソコンの画面に向かった。


 まず最初に心を落ち着けて、映画『インタラクション』の現段階の脚本をもう一度自分で丁寧に読み返してみた。始まりから終わりまでの流れや台詞を注意深く確認しながら、再び物語を自らの中に染み込ませていく。


 ここから、何かを変える必要がある。


 最低限の条件として、ラストシーンで直夜が走らなくて済むこと。


 つまり、今ここにあるラストはそのままでは使えない。全力疾走のカットは絶対に変えなくてはならない。


 それから、みんなが納得する終わり方であること。


 この点に関しては各々の立場や考え方があるので評価が難しいが、「直夜が怪我をしたから仕方なく変更した」という風潮は可能な限り排除しなくてはならない。言い換えれば、変更がプラスに働くようなものでないといけないということだ。


 さらには、予算と時間のこともある。


 金銭的な面を考慮しても、もうお金のかかるロケを組むことはできないだろうし、文化祭までの残り日数の都合もあるから、撮り直す場面が多くなってしまうと間に合わない。


 脚本の変更は足し引きだ。どんなカットを追加して、どのカットを削除するか。結局、智文にできることはそれしかない。先ほど挙げたような条件を念頭に置きつつ、それらを決定していくことしかできないのだ。


 こうしている間にも、時計の針は止まることなく刻まれている。撮影は脚本待ちである以上、できる限り早く修正稿を作らなければならない。急がなければ自分のせいで文化祭に間に合わなくなってしまう。智文は完成度と締め切りという二つのプレッシャーに挟まれながら頭をフル回転させた。


 しかし、とにかく文章をこねくり回していろいろと試してはみるものの、なかなか良いアイデアには巡り合えなかった。


 試しに直夜が廊下で走るところを全部カットし、その部分に代わりになるような場面を追加してみたりした。


 だが、どうもしっくりこない。ぽっかりと空いてしまった穴に別のものを詰め込んだだけみたいな埋め合わせ感がどうしても拭えなかった。


 もっと根本的な部分から変える必要がある。


 脚本を練り直す中で、そんな感覚が智文には芽生えていた。


 もともとあった場面の代替案を探しているからうまくいかない。それだったらラストシーンを丸ごと別のものに変えてしまったほうが活路を見出せるかもしれない。


 けれど、それにも問題はあった。


 今からだと、花火を行うまでのストーリーの流れは基本的に変えることはできない。無論、多少の撮り直しはできるはずだ。でも、ラストシーンが「お互いに秘密を打ち明ける約束」をした直夜と透華の告白のシーンであることは変えられないだろう。


 すなわち、思い切った変更はできない。予算的にも大掛かりなロケが組めないとなるとラストの舞台はやはり学校ということになり、そうなってくると台詞やシチュエーションを少し変えることくらいしかできない。


 ……もはや打つ手はないのか。


 回っていた思考が止まりかけた。もうこれ以上考えても自分の頭では良い案が浮かばないのではないか、と心がくじけそうになる。


 それでも、まだ諦めるわけにはいかなかった。


 ここまで積み重ねてきたものを無駄にはしたくない。それぞれが内なる想いを胸に秘め、一つの映画を協力して作り上げてきた。この日々自体が物語であると誇れるくらいに、素晴らしい仲間と充実した毎日を送ることができた。


 映画制作に二年三組の一員として携われて本当に良かった。


 蘇ってくる思い出の数々が、智文にそう告げている。


 それに、陽菜乃も、直夜も、透華も信じてくれたのだ。嘘であったかもしれない智文の「何とかする」という言葉を。


 だからこそ、実現させたい。


 クラスのみんなで最高のエンディングを迎えたい。


 智文は死力を尽くして足りない頭を必死で働かせる。あるかどうかわからない画期的な方法を見つけようとする。


 時間はもうあまりない。


 後になってからでは遅いのだ。


 今だ。今ここで思い浮かばなければ一生後悔することになる。


 頼む。俺にこの現状をひっくり返すようなアイデアを。




 ……ひっくり返す?




 突然、魔法のスイッチが押されたみたいに、智文の頭の中で塊になっていた物語のピースが細かく分解され始めた。


 そして、心地の良い音とともに、それらがカチッとうまい具合に別の形に組み合わさっていく。最初からそのために存在していたかのように、あらゆるピースが目指すべき新たな完成形に向けて組み上がっていった。


 これだ。これならいけるかもしれない。


 興奮を抑えながら、智文は脚本をもう一度頭から念入りに確認する。


 自分の中で出来上がりつつある生まれ変わった物語が、実際に映画で再現可能であるかどうかを検討する。


 ラストシーンの手前まで考察を終え、智文は確信に至った。


 これならば、最高のラストを作れる。


 すぐさま、智文は陽菜乃に電話をかけた。思いついたばかりのアイデアを、まずは彼女に聞いてもらいたかったのだ。


 ツーコール鳴らして、陽菜乃は心配そうに電話に出た。


「……もしもし、どうしたの?」


「陽菜乃、脚本の変更プランができた。率直な感想が欲しい」


 間をあけずに、智文は冷静な口調で続けた。


「ラストシーンが大きく変わる。どんでん返しだ」

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