(5)
「映像チェック終わったよー。すごくよく撮れてた。お疲れ様。あとはもう思う存分楽しんじゃって」
陽菜乃が待機中のクラスメイトたちにオーケーサインを出した。その瞬間、漂っていた緊張感は解けていき、わーっと歓喜の声が上がった。
「ねぇ、みんなお腹すいたでしょう? バーベキューの準備始めるからこっちに来て」
そこに本日の夕飯担当の女子数名がやって来て、買ってきた肉や野菜を見せびらかすように掲げる。
「おー、マジっすか? すぐ行くぜ!」
「もうお腹減って死にそう。早く食べたいよー」
彼女たちは腹ペコなキャストやスタッフらをこっちこっちと誘導する。テンション上がりまくりのクラスメイトに、陽菜乃は注意を促した。
「みんな、騒ぎすぎて近隣の住民の迷惑にならないようにね。それから出たゴミはちゃんとゴミ袋にまとめるようにしてちょうだい。ポイ捨て禁止だからね」
なんか先生みたいなことを言ってるな、と思ったら案の定、「白石さん、先生みたい」と皆から突っ込みを受けていた。
けれど、大事なことだ。家に帰るまでがイベント、とよく言ったりするが、せっかく撮影自体がうまくいっても、そのあとの行動で何か失態を演じてしまったら思い出は苦いものになってしまう。最悪の場合、文化祭への参加が停止になることだってあるだろう。
それは誰もがわかっているようで、反発することもなくそれぞれが了承してコンロのあるほうへと歩いていった。
智文もその流れに後からついていくと、早速積極的な男子たちが木炭に火を付けていた。どうやら火をおこすには炭の並べ方などにコツがあるようで、すぐに成功するグループとなかなかうまくいかないグループに分かれた。すでに着火を終わらせた、いわゆる「できる奴」がまだできていない者たちにアドバイスをする。ていうか、その「できる奴」は直夜だった。
「王子すげぇなー。こんな火おこしの知恵どこで学んだんだよ」
「昔から家族でよくキャンプとかに行ってるからね。テント張ったり、バーベキューやったり、そういうのは他の人よりちょっとだけ慣れてるんだ。でも、大したことじゃないよ」
「えーっ、そんなことないって。もっと自慢してもいいと思うけどな。わたしたち女子からしたらそういうのできる人、評価高いよ」
クラスの男子、女子たちから同時に褒められ、直夜は照れ臭そうに笑っていた。
そんな彼のもとヘは、当然のように人が集まってくる。
「食材の下準備はできてるんだけど、もう焼いちゃっていいかな?」
「ああ、ここは今火を付けたばかりだから向こうで先に焼こうか」
すっかりクラスの中心となった直夜は、爽やかなエスコートで先ほど自分が火をおこしたコンロへと向かった。
焼く工程に入っても、直夜のてきぱきとした動きは変わらなかった。次々と運ばれてくる野菜や魚介、肉の類を熱くなった網の上にサッと並べていく。時間的にも空間的にも無駄がない。慣れている、と本人は言っていたが、それにしたって手際がいい。男子からしてもそういうのできる人、評価高いよ。
もうそろそろ食材の第一陣が焼けるというのを風の便り(香ばしい匂い付き)から把握したようで、直夜の周りでは取り皿と割った状態の割り箸を構えた者たちが今か今かとよだれを垂らして待っていた。
おいおい、そんなにがっつかなくてもいいだろ、と智文は呆れたが、夕飯時は過ぎていて腹が減っていることは事実だった。気づいたら紙皿と割り箸を取りに行っていた。
「あー、美味しい。やっぱりお肉最高だぁ」
「鶏肉うめぇ、ホタテうめぇ、シイタケうめぇ。なんだよこれ全部うめぇよ」
そうしている間に、煙が上がるコンロの近くからは食べ物にありつけた者たちの喜びの声が聞こえてきた。食材がすぐに尽きることはないだろうが、早めに行かないと希望のものが手に入らない可能性があるので、智文も騒ぐ集団の後ろについてじっと順番が来るのを待った。
前の列の人たちがどいて、ようやく網の上の様子が見えるようになると、そこには新たに生焼けの食材が並べられていた。
「おー、智ちゃん、ごめん。最初に焼いたやつほとんど全部食べられちゃったよ。少しだけ待っててくれ。今、次のが焼けるから」
直夜は額に流れる汗をはめた軍手で拭いながら、バーベキュー用のトングを華麗に操っていた。
「いや、いいって。それより直夜のほうこそお疲れでしょ。さっきまで休みなくカメラの前で演技して、今はなんか調理任されちゃってるし」
「ははっ、まあこれは俺が好きでやってることだから。みんなが喜んでくれるのならやりがいはあるさ。あっ、野菜のほうはもう焼けてるかな。焦げないうちに皿に取ってくれ」
言われて、カボチャやナスなんかを白い紙皿の上に乗せていく。どれもいい感じに焦げ目がついていて美味しそうだ。
「この辺の肉も大丈夫そうだよ。それからイカも。どんどん持ってって」
「どうも。しかし、これだと直夜が食べてる暇がないんじゃないか?」
「平気平気。適当に隙を見て食べるから」
直夜は面倒くさがる素振りすら見せずに清々しい笑顔を浮かべた。なんだか何もせずに頂いてしまうのが申し訳なくなってくる。まあ、食べるけどね。
「一番高いやつ、みんなに黙って食べちゃえよ」
せめてそれくらいはと思って、去り際に智文はそんな助言をしたが、よく考えるとなかなかひどいアドバイスだった。直夜はノリよくグッドサインで答えてくれたが、おそらくそんなことはしないのだろうと悟った。
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