(4)
河川敷に夜が訪れ、辺りは仄暗い景色へと移り変わった。
智文はすっかり暗くなった世界をゆっくりと見渡した。
夕陽が反射していた川の水面は黒で覆われている。夜空には無数の星が浮かび上がっている。街灯りは遥か遠くに見える。
こういう場所にいると、なんだか不思議な高揚感に満ちてくる。自分たちが住む世界の秘密をこの夜の間だけ垣間見ることができるような、そんな気がして心が躍る。
周辺に智文たち以外の人影はなく、二年三組のクラスメイトたちは広大な夜の河原の中を自由気ままに陣取って撮影前最後の確認作業を行っていた。
夜であってもみんなの顔が識別できるかどうかカメラの設定を調節しながらチェックしたり、綾子率いる音声チームがマイクの位置をもう一度確認したり、撮影に使う花火や点火用のろうそく、ライター、消火用のバケツの水なども用意したりして、着々と準備が完了していく。
各所からゴーサインが出ると、陽菜乃が全員に向けて指示を飛ばした。
「はい、今から順番に撮影するよ! 台本がある人はそれに沿って動いて、それ以外の人は自然な感じで楽しんでちょうだい。じゃあ、各自所定の位置に着いて!」
命令に従って、演者たちが暗い中をがやがや移動していく。
智文が書いた花火のシーンの脚本では登場人物の数が定まっていない。すなわち、この間撮った昼休みのシーンと一緒で、かなりの部分で自由な演技が可能ということになる。
台本上の流れでは、夏休み終盤、ひと夏の思い出作りのために河川敷に集まった直夜たちクラスメイトが皆で花火をする中、直夜と透華の二人はみんなとちょっと離れた静かな場所に座り込み、ラストシーンへと繋がる重要なやり取りをすることになっている。
だから主役の二人以外は、河川敷に集まって花火を開始するところにある程度決められた動きや台詞があるくらいで、あとは基本自由に盛り上がっていればいい。
なので、まずはその流れに沿って最初から撮っていき、続けて直夜と透華の二人による会話の場面を撮影していくことになる。
「それじゃ、最初のカットから! よーい、アクション!」
陽菜乃の掛け声とともに演技が始まる。
まずは導入部分。楽しげに挨拶なんかを交わしたりして、ぞろぞろとみんなが夜の河川敷に集まっていく様子を撮影する。直夜が目的地に向けて歩くところを中心に撮り、花火イベントに向けての彼の心情や表情の移ろいを映像に収める。
次は花火開始のカット。テンションのあがったメンバーが集まる中、花火イベントの主催者が調子のいい掛け声をかけて、それぞれ一本ずつ持った花火に火をつけていく。
暗闇に花火の色が舞い始めてしばらく経った頃、直夜は盛り上がる集団から一人離れた場所で線香花火をしている透華を見つける。
直夜は透華のもとに行き、静かに話しかける。
『花火、楽しい?』
『うん』
『俺も線香花火にしようかな。まだ残ってる?』
透華は脇に置いてあった数本の花火のうちの一本を直夜に渡す。
『ありがとう』
直夜は傍にあった点火用のろうそくで火をつけると、線香花火がぱちぱち弾ける様を見ながら言う。
『透華ちゃんが転校してきてからもう三か月か。この学校にはだいぶ慣れた?』
透華は静かに首を縦に振る。
『それなら良かった。転校生って何かと苦労があると思うけど、もし何かあったら周りの人を頼ってもいいんだよ』
爽やかな笑顔で直夜は透華を諭す。
二人の線香花火は暗闇の中で光を放ち続ける。
『夏休みももうすぐ終わりだね。透華ちゃんは今年の夏、どうだった?』
『……』
透華は何か言いたげな表情をしながらも答えない。
しばらくして、透華の線香花火の玉が落ちる。
直夜は透華の手から燃え尽きた花火を奪い取ると、代わりに新しい線香花火に火をつけて持たせる。
『俺はこの夏、やり残したことがあるんだ。伝えなければならないことを伝えなければならない人に伝えること。……って、なんか伝えるって言葉使いすぎだね。わかりづらくてごめん』
頭を下げつつ、直夜は話を続ける。
『実は俺、透華ちゃんに秘密にしていることがあるんだ。ずっと言わなくちゃって思ってたんだけど、なかなか言えなくてさ』
花火を見つめていた透華は驚いたように直夜のほうを振り向く。
直夜の線香花火の玉が落ちる。
透華は覚悟を決めたように頷くと、芯のある声で語り出す。
『わたしもある。牧瀬君に秘密にしていること。ずっと伝えたいって、知ってほしいって思っていること』
今度は直夜のほうが驚いた顔を見せる。
でも、すぐに笑顔に戻って約束を取り決める。
『じゃあ、夏休みが明けたらお互いに学校で打ち明けようか?』
『……わかった』
『約束だよ』
『うん、約束』
二人を包み込む静寂。
カメラの映像は透華が持っている線香花火にズームする。
そして……。
「はいっ、カット!」
陽菜乃の声で映画の世界の歯車は止まる。
花火のシーンはこれにて終了である。
ちなみに、映画の舞台はこのあと夏休み明けの学校に移ってクライマックスを迎える。
陽菜乃や他のクラスメイトたちにも大いに評価してもらえたラストシーン。
それは夏休み明け初日の朝の場面から始まる。
夏の終わりの花火のイベントで「お互いに秘密を打ち明ける約束」をした二人。
しかし、夏休みが明けて、透華は学校に姿を現さなかった。
彼女と連絡もつかず、直夜は朝からずっと不安でたまらない。来ない理由を考えてみるも原因がわからない。
帰りのホームルームが始まって、先生から突然透華が転校することを知らされる。
衝撃を受ける直夜に先生は手紙を渡す。それは先生がつい先ほど透華から直接受け取った手紙だという。
直夜は封を開け、無我夢中で書いてある文章を読んでいく。
手紙には、彼女は幽霊であること、その秘密を知られてしまったらもうそこにはいられないということ、みんなと一緒に過ごせて楽しかったということ、直夜と一緒に過ごせて幸せだったということ、それらが丁寧な文字で書き連ねられている。
教室を飛び出す直夜。今さっき手紙を直接先生に手渡したのなら、まだそう遠くへは行ってないはずだ。抑えきれない感情が体を突き動かす。まだ間に合うかもしれない。
直夜は長い廊下を全速力で駆け抜ける。これ以上早くは走れないという限界までスピードを上げ、昇降口へと辿り着く。
がらんとした昇降口。
直夜はそこで彼女の姿を見つける。
そして、直夜と透華の二人は最後の言葉を交わす。
以上が、映画『インタラクション』のラストシーンの概要である。
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