小説『インタラクション』 第4章

(1)

 花火のシーン撮影当日の日曜日の朝。いつも休日は朧げな意識のままだらだらとベッドから起き出す智文だが、今日は頭も冴えた状態で起床した。


 昨日の午後、智文は陽菜乃と脚本についての打ち合わせをした。


 家が近所ということもあってどちらかの部屋で集まろうと午前中に電話がかかってきたのだが、自室の散らかり具合を瞬時に把握した智文は「こっちはちょっと都合が」という濁した言い回しでやんわりと断り、陽菜乃の部屋で作業する方向に無理やり持っていった。電話口の陽菜乃は呆れていた。


 陽菜乃の家に行くと、彼女と彼女の母親が出迎えてくれた。彼女の母親とは昔何度か顔を合わせていたので、顔を見ればお互いに誰だかわかる。


 そうでなくても、陽菜乃の母親は陽菜乃が放つ印象とよく似たものを持っている。詳しくは語らないが、「大きくなったね、智君」と天真爛漫な笑顔で挨拶をしてきた母親と、その横で「大きくなったね、智君」と真似して面白がってケラケラ笑う娘には、違うようでしかし何か類似したものを感じるのだ。


 脚本の打ち合わせ作業については、夏休みに撮影を本格的に開始してからも幾度となく繰り返し行ってきた。


 監督でありカメラマンでもある陽菜乃は、智文が意図する脚本のニュアンスをうまく捉えてくれている。ここの台詞はどういう意味があるとか、この場面でのこの行動にはどういう背景があるとか、いくつも質問を受けてそれに答える形で作品のイメージを共有していった。


 もちろん、すべての発想や概念を伝えきることはできない。どうしたって各個人が持つこだわりや思想みたいなものはあるし、またそれはあって然るべきだと思う。脚本を書いたのは智文かもしれないが、智文の考えが絶対的に正しいものだというわけではないし、それに今や脚本は智文の手を離れ、二年三組の生徒全員にとっての映画撮影のための道具となっているのである。


 だから、智文は自分の思うところを素直な言葉で伝達することにした。それが物語を生み出した脚本家としての役目であり、そうすることが一番だと思ったからだ。


 陽菜乃は終始楽しげに微笑みながら、時折真剣な表情で智文の話を聞いていた。


 特に今回のようにロケ地が外で、予算もたくさん使う撮影は撮り直しができない。その分、打ち合わせはより念入りに慎重に行った。智文の言った言葉を例のノートにメモしたり、陽菜乃のほうからも「こういうのはどう?」とアイデアが述べられたり、そういったことをお互いに一つ一つ積み重ねて、翌日に控えた花火のシーンの撮影のディテールを固めていった。


 その後、夜遅くなったこともあって陽菜乃の家で夕飯をいただくことになり、さらに家に帰ってからは「白石家での夕食」に妙に食いつきを見せた母親に根掘り葉掘り訊かれたが、それに関しては……まあ別にいいだろう。


 とにかく、今日は花火のシーンの撮影だ。


 窓を開け放つと、朝の太陽の眩しい光とともに心地の良い風が部屋の中に飛び込んできた。天気予報は今日一日晴れ。最高の撮影日和である。


 パジャマ姿の智文はこれから始まる大きな撮影に胸を高鳴らせつつ、まずは顔を洗って着替えなくてはと軽やかな足取りで自室を出た。

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