20××年9月1×日
【1】
教室を箒で掃くと大量のゴミが集まった。段ボールや画用紙の切れ端、発泡スチロールのカス、ビニール紐。最近はやたらとゴミが多い。増えてきた夢の残骸みたいなそれらを塵取りでまとめてゴミ箱に捨てる。いっぱいになったゴミ袋を上から押しつぶしてなおも捨てる。
教室の壁には次第に形になってきた背景画が立てかけられていた。小道具や衣装なんかも限られたスペースに所狭しと置かれている。
できるだけ目に留めないようにして、僕はひたすら教室内の清掃に没頭した。
この時間が終わったら、あとは帰りのホームルームがあって下校となる。無論、文化祭の準備をする人たちは今日も嬉々として居残るだろう。期日までに作り上げなければというプレッシャーを感じながらも、謎の連帯感や仲間意識を持ってそれすらも楽しむのだろう。
世界は狭い。
知り合いを六人介すと世界中のどんな人とでも繋がれる『六次の隔たり』という仮説があるのをいつだったか聞いたことがある。SNSなどを通して人から人へ伝っていくと、友達の輪は全世界の人々を巻き込むことだってできるのだそうだ。
イッツアスモールワールド。
だけど、もしも学校が世界で、その中での人間関係が繋がる人の手だとしたら、僕は誰からも決して手が届かないような孤独な存在でありたい。点と点が繋がって線になっていく過程で、どの点からも結ばれることのないような特異な点でありたい。
清掃が終わって、帰りのホームルームが始まった。
話し声がまばらに聞こえる教室内で、近づいてきた文化祭関連の連絡事項が数人の生徒から述べられた。楽しそうな返事が飛んだ。先生からの一言。そのまま流れるようにさようならの挨拶。
――台本は今日も配られなかった。
劇作りの中心人物たちがガタガタとうるさい音を立てて準備のために机を移動し始めたのから逃げるように、僕はひっそりと荷物を持って教室を出た。
昇降口まで続く長い廊下。歩いていると右手に屋上へと昇るための階段が現れる。
薄暗い雰囲気の漂う階段。ずっと昇っていくと錆びついた扉が一つある。でも、そこより先へは進むことができない。
階段と屋上を隔てるその扉には鍵がかかっている。
それゆえ、屋上へと繋がっているその階段を利用する者はいない。使えないと認識したときから人というのは誰も寄りつかなくなる。
振り向きもせず足早に通り過ぎて、まだ人がいない下駄箱で靴を履いて外に出た。
僕は今日も一直線に高校の最寄り駅へと向かう。途中にあるコンビニで買い食いすることも、仲間内でカラオケやゲーセンに行くこともなく、灰色に広がる足元だけを躓かないように注意して見ながら一人で歩いていく。
ただ、今日は真っ直ぐ家に帰るつもりはない。
寄り道なんてほとんどすることがない僕だが、今から行こうとしているところは前から一度は訪れてみたいと思っていた場所だった。
帰り道のシーン、それから現在書いていてもうすぐ書き終わりそうな花火のシーン。
そこで出てくる河川敷は、インターネットの画像検索で引っ掛かった写真をもとにイメージを膨らませて執筆している。
便利なもので、今の時代は現地に赴くことなく何だって調べることができる。下手したらその場に行って見るよりも綺麗な風景を家に居ながらにして目に焼き付けることができるし、道端に生えた雑草みたいに訪れても気がつかないような些細なものに焦点を当てることだって可能だ。ある程度の経験や体験はそれで充分補えてしまう。
だが、それだけではわからないことも多分あるのだと思う。
誰かから与えられたものを見ただけ、聞いただけでは得ることができないもの。
自分自身がその場にいて感じなければ理解できないもの。
そんなものがあるのかと疑いながらも、どこかで期待してしまっている自分がいた。
だから、小説の中で朝野たちが映画の撮影場所として選んだ河川敷を、実際に自分の目で確かめてみたくなったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます