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 北岡高校の視聴覚室は黒板のある手前側が一番低く、奥に行くにつれてだんだんと高くなる劇場のような作りになっている。他の教室に比べて倍以上広いこの部屋はおよそ三クラス分の生徒を収容することができ、他のクラスと合同で授業を行ったり、何か特別な公演等がある場合に用いられる。


 そして、毎年文化祭前のこの時期は、文化祭における有志発表の練習の場として生徒たちに開放されている。利用するには許可が必要で、きちんと順番やルールを守って使わなければ全員一斉に使用禁止となってしまうため、抜け駆けや妨害は許されない。文化祭本番ではライバルとなる有志発表参加者たちも、それは充分に弁えた上で正々堂々と勝負するのである。


 二年三組の教室から薄暗い渡り廊下を渡って視聴覚室へ移動してきた智文は、座りたい放題に席がある中からちょうど中腹辺りの席を選んで腰を下ろした。


「隣、いいかい?」


 聞き慣れた声がしたなと思い振り向くと、はにかみ顔の直夜が智文のすぐ横の椅子を指差していた。


「いいよ。どうせ誰も来ないし」


「そんなことないでしょう? 人気者の智ちゃんだし」


 どこをどう見てたらそうなるんだよ、と智文は呆れて笑ったが、直夜が言うとあまり嫌味に感じないのが不思議だ。本心から言っているように思えてしまう。


「そうだ、ライブの後って予定空いてる?」


「ライブの後?」


 ライブ、というのは今から執り行われる主題歌初披露のことだろう。視聴覚室の一番前方の舞台の上では壮馬たちバンドメンバーが話し合いながら音を出して楽器の調整をしていて、もう間もなくそれが終わりそうな気配だった。


 そのライブが終わった後ということは、夕食の頃合いだ。おそらく一緒に夕飯を食べようというお誘いに違いない。


 智文は会話の内容を先読みしてつらつらと答えた。


「ああ、夕飯なら今から母親にいらないって連絡すれば大丈夫だ。『えーっ、もう作り始めちゃったのに』とか言われるかもしれないが、文句はだいたいいつもその程度だから」


「それだとなんだかお母様に悪い気が……」


「気にしないでくれ。それに直夜に対してはうちの母親も好印象を抱いているはずだ」


 以前、学校の友達について母親に訊かれたことがある。そこで直夜の名前を出して簡単に説明したのだ。小学生じゃあるまいし、まさか高校生にもなってそんなこと訊かれるとは、とも思ったが、冷静になって考えてみると、自分が話さなければ親はどのような高校生活を送っているのかを知ることができない。


 それこそ小学生のときはまだ地元ということもあって、親同士が知り合いだったり、近所の情報網を使ったりしてそれとなく事情を察することができたはずだ。


 だが、今はもうそういった伝手もなくなってきている。親からしたら自分が最後にして唯一の情報伝達者なのだ。


 ……いや、まだあいつがいたな。


 智文の視線の先には、目を爛々に輝かせたポニーテールの少女がいた。最前列で周りの友達と盛り上がりながら、バンド演奏が始まるのを今か今かと心待ちにしているようだ。


「事情はよくわからないけど大丈夫なら良かった。あとの二人にはさっき話してもう了承をいただいてたからさ」


「あー、そうなんだ」


 返事をしてから「あれっ、あとの二人ってなんだ?」と思い至る。尋ねようと直夜のほうを向いたが、彼の両目はすでにステージのほうへと向けられていた。


「おっ、始まるみたい」


 直夜がそう言った直後、キーンという耳をつんざくようなマイクのハウリングする音が室内に響いた。


「ごめんごめん。みんな聞こえる? 音量このくらいでオーケー?」


 スタンドマイクを片手で押さえたステージ上の壮馬が慣れた様子で問いかけた。広い室内の至る箇所を贅沢に陣取った観客たちから問題がないことを報告されると、壮馬はすぅーと息を吸い、声高々に宣言する。


「お待たせしましたぁ。それでは今から映画『インタラクション』の主題歌、『インタラクション』を皆様にお届けします」


 クラスメイトたちから「なんだよそれー」、「紛らわしいなー」と笑いが起きる中、主導権を握る壮馬はマイペースに語り始める。


「でも、その前にちょっとだけこの曲ができるまでの経緯を話したいと思います。この曲は映画のために俺たちバンドメンバー四人で作った曲ですが、みんなの作る映画がすごすぎてぶっちゃけプレッシャーもありました。俺たち、文化祭はバンドが第一だと思ってたから、そんな人間が主題歌なんて作っていいのかなって思ったりもして。けど、俺たちだって同じクラスの仲間なわけだから、何か協力できたらいいなって俺たちなりに考えました」


 ボーカルの壮馬の声に呼応するようにバンドメンバーの三人が頷く。ステージライトを浴びて立つ四人の姿が凛々しくて眩しい。


「この曲が映画の主題歌としてふさわしいかどうか、皆様の耳で聴いて、肌で感じて、確かめてみてください」


 各々の緊張と期待と興奮が入り混じり、渦巻くようにして室内の空気を震わせている。抑えきれない熱量が外へ外へと向かっている。


「それでは聴いてください」


 前を向く壮馬の表情が光の粒を纏った笑顔に変わる。


「インタラクション」

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