【2】
いつものように、学校からの帰り道を一人で歩き出す。
もうこの展開には慣れた。グダグダと居残って文化祭の準備を始めるクラスメイトたちを尻目にいち早く教室を後にして、まだ誰もいない昇降口まで脇目も振らず向かい、下駄箱を開け、靴を履き、校舎を出る。下駄箱の開け閉めと靴を地面に落下させる音が妙に響くのもいつものことだ。人がいない空間というのはとにかく音がよく通る。
文化祭がないときだってこのパターンはさほど変わらない。
文化祭の準備、というのは教室に残って駄弁りたい者たちの口実であって、それがなければ彼ら彼女らは何か別の居座る理由を見つけるだけだ。
そうして同じ時間をみんなで一緒に過ごすことが「青春」なのだそうだ。
果たして、そんな思い出にどれほどの価値があるだろうか。
ため息をつきながら前へと進む。一人で歩く帰り道というのは自然と早歩きになる。
それはもしかしたら一人でいることに対する恥ずかしさからなのかもしれない。こんな姿を誰かに見られたくない、という気持ちがあることを僕は否定するつもりはない。自分のそういった弱さはすでに受け入れている。
それにこうして一人で早く帰ることは悪いことばかりではない。ちゃんとメリットもある。
例えば、電車に乗るときに他の生徒とかち合うことがないので混まない。
帰りのホームルームが終わっても教室にだらだらと残っていたり、友達や恋人とお喋りをしながらゆっくりと帰宅する者たちはおそらく知らないだろう。無駄な動きを一切することなく高校の最寄り駅へと向かえば、四時ちょうどに出る急行の電車に乗れるということを。
夏休みが明けてからの小説の執筆はいつも夕方から始めることができている。
それはどの部活にも入らず、放課後を誰かと過ごすこともない僕だからこそ可能なことだ。
まあ、もし僕が朝型の人間ならば学校に行く前のわずかな時間も執筆に当てたりするのだろうが、高校に入ってからは夜更かしが当たり前になっているため、その選択肢は端から存在しなかった。
夕方から夜、そして深夜。これが小説を書く時間。
自分なりの執筆ペースを摑めてきたからか、毎日着実に物語は進んでいっている。小説の中の文化祭の映画制作は鋭意進行中だ。朝野たちは今日もその準備に勤しむだろう。
学校の校舎が見えなくなりそうなところで、駅へと向かっていた僕の足が一瞬止まった。
その瞬間を逃しはしまいとでもいうように、僕の体は先ほどまでいた高校の方角を勝手に振り返っていた。
今日も文化祭に向けて、賑やかに盛り上がっているはずの教室。
あまりにも遠すぎて、その光景を見ることはできない。
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