20××年9月1×日
【1】
学校内の空気が文化祭に浸食されている。この病のような熱は誰彼構わず容赦なくまとまりつき、人々を浮足立たせる。祭りの日に近くなればなるほどそれはひどくなり、学校の授業なんて成り立たなくなる。
僕は別段真面目な生徒ではないので、テストや受験を意識して現状に異議を申し立てることはないし、文化祭の準備だって勝手にやってくれという感じだ。
ただ、この文化祭の病熱に侵された者たちはどういうわけか徒党を組みたがる。一致団結して同じ目標に向かうことを正義として、それに従わない者は悪だと決めつける。そんなに乗り気じゃない生徒もいるということが理解できないらしい。
それを象徴するかのように、僕らのクラスでやる演劇も「全員に役が与えられる」ようだ。
きっと表面上だけでもまとまっている感じを出して、クラスの一体感を演出したいのだろう。そうやって外の人たちを欺き、自分たちの心も騙す。何となくそれらしい感動を得られればそれでいいのである。
具体的に何が得られたかなんてどうせ後付けにすぎない。
教室では授業中にも関わらず、教科書を立てて手元を隠しながら劇で使う衣装やら小道具やらを作ったり、台本を熱心に読み込んだりしている人たちがいた。教科書には書かれていない大事なものがそこにはあるかのようなキラキラとした目つきをして。
きっとこの人たちには、文化祭後に授業の内容がわからなくなって後悔するという危惧すらないのだろう。
先を見通す力がない者は、そうやって「今」ばかり見ている。
今しかできないことがある。かけがえのない今だから。
実に短絡的で哀れだと思う。あとで何か困ることがあっても、彼らはそんな都合の良い言い訳と解釈で自らを納得させるしかないのだ。
授業が終わって放課後になると、準備に乗り気な者たちがこれからが本番だと言わんばかりに積極的に机を動かしてスペースを確保し、教室の後ろに立てかけてあった筒状に丸まった模造紙を次々とその空間に広げ始めた。
準備にまったく関わっておらず、進捗状況を知らせてくれる親しい人間もいない僕ではあるが、それが劇の背景であることくらいは見当がついた。それらが何枚も用意されていることから舞台が何度か大きく切り替わることが予想できる。
ちなみに、僕はまだ劇の内容を知らない。
現段階で台本を持っているのは主要なキャストのみで、あとの人たちはもうちょっとだけ待ってほしいと昨日の帰りのホームルームで通達があった。脚本担当の長谷山さんがしきりに頭を下げていたのは何となく覚えている。
要するに、まだ台本は未完成だということだ。
大道具や小道具の製作、演技の練習をしている人たちがいることから、だいたいの設定やストーリーはできているのだろう。だけど、決定稿として全員に台本を配るにはまだ足りない部分がある。想像でしかないが、きっとそういうことなのだと思う。
いずれにしても、どうせ僕に与えられる役など台詞があるのかどうかすら怪しい目立たない役だ。練習に時間がかかるということもない。
身につける衣装だって、手に持つ道具だって、舞台背景だって、全部用意されたもの。言われたことを言われたようにやればいい。
そうやって、適当に乗り切ればいい。
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