【3】
家に帰って、僕は誰に命令されるでもなくパソコンの前に向かった。
部屋には冷房が効いている。夏休みが終わったからと言って、急に暑さがなくなるものではない。去年取り付けたエアコンのおかげで、それまで扇風機で夏の暑さをしのいでいた僕の部屋は快適な空間となり、よりいっそう自分の部屋を出ることが少なくなった。
エアコンとネットに繋がったパソコンがあれば、ずっとここにいられる気さえしてしまう。
そう思うと、今の時代は豊かになったなと感じる。そんなにお金をかけなくてもそれなりに楽しい娯楽があって、たとえ家から出なくてもそれなりの情報が手に入る。
けれど、それでは得られないものもある。
僕がこうして一人で小説を書いている間にも、世間一般の高校生たちは何かしらのツールを使って連絡を取り合っているという現実を忘れてはならない。「学校始まったね」とか、「誰々と誰々が夏休み中に付き合い始めたらしい」とか、「今度の数学の授業でいきなりテストがあるみたいだから教えて」とか、そんなやり取りがきっと行われているのだろう。
顔と顔を突き合わせなくても交流ができて仲間を増やせる。
まったく、本当に今の時代は豊かになったものだ。
朝野たちの夏休みのシーンはもうすぐ書き終わりそうだ。予定ではもっと早く進んでいるはずだったが、初めての執筆はなかなか思い通りにはいかない。予期せぬ苦戦を強いられているうちに現実の夏休みのほうが先に終わってしまった。
これからは学校があって執筆の時間が取れなくなってくる。
そう考えると、現実世界の文化祭のほうを先に迎える形になるかもしれない。どちらが先であろうと大した問題はないのだが、モチベーションを保つという意味でもあまり現実世界に置いていかれないように物語を進めていきたい。
もし僕がやる気をなくして書くのをやめたら、小説の中の世界は止まってしまうのだ。
朝野たちのため、などという言葉を使うつもりはない。けれども、せっかく書き始めたのだから終わりまで書きたいという気持ちが少しばかり芽生えてきた。
誰かに読ませる予定もない小説。
それが滞ったとしても困る人も文句を言う人もいないのは承知しているが、物語の序盤は何とか乗り越えつつあった。
それでは、読者不在の小説、夏休み編の仕上げといこう。
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