(4)

 二週間で脚本を書くというのは果たして可能なのか。


 夏休み直前のクラス会議が終わって半ば強制的に脚本担当となった智文に、追い打ちをかけるように学級委員長の陽菜乃からの指令が下った。


『二週間で仕上げて』


 さも当然というような澄ました表情で彼女はそう言った。その女王然とした態度に、智文は無駄だとは思いつつも口答えしようとしたが、それを察したのか彼女は「できるところまででいいから」と可愛い笑顔で訂正してきた。


 できるところまで、というのは要するに仕上げろってことだろうな。智文は項垂れつつ、目の前のノートパソコンに文字を打ち込んでいく。


 しかし、脚本とは何をもって「完成」なのだろう。実際に撮影するにあたって、現場の都合により脚本を変更することもあるだろうし、「仕上がった状態」というのはどういうことを言うのかいまいちわかっていない。


 まあ、とにかくストーリーの流れが出来上がっていて、なおかつ他人が読んでもそれが伝わるようになっていればいいのだろう。無論、それが難しいのだが。


 部屋の中では古い扇風機がブーンと音を立てて回っていて風が体に当たる。それが冷たい風ならばもう少し涼しくも感じられるのだろうが、中途半端なひんやり度であるがゆえに、かえってじわっとした夏の午後の熱気を感じ取ってしまう。


 智文の部屋にはエアコンがない。冷房器具は何年も使っているおんぼろの扇風機だけで、回る羽の前で「あー」と叫んで楽しんでいるような幼き頃から智文の家にある。今でもたまにやる。


 それにしても、干上がってしまうような暑さである。


 ただでさえ暑いのに、それを意識するともうどうしようもなく汗が出てきて、脚本を書いているどころではなかった。


 こんなときにおすすめなのは図書館である。持ち込んだノートパソコンを使えるスペースがあって、蔵書も豊富で調べ物ができ、かつ冷房が効いている。すぐにでもここから移動するべきだろう。


 ――休館日じゃなければね。


 先ほどホームページで確認したところ、地元の図書館運営カレンダーの本日の日付には赤い文字で『休館』と書かれていた。


 思い立ったが休館日。なかなかうまくいかないものである。


 窓を開け放った部屋の外からはミーンミンミンというセミの鳴き声が聞こえてきて、智文の執筆作業をさらに妨害する。暑さと騒音の相乗効果で集中力はだだ下がり、これ以上の続行は困難と判断した智文は、ひとまずキーボードを打つ手を止め、椅子から立ち上がった。


 向かった先はキッチンにある冷蔵庫。中からバニラ味のアイスを取り出すと、自室に戻らず食卓の椅子に腰掛けた。


 カップの蓋を取り、まずはスプーンで蓋についたアイスを集める。卑しいがひとすくい分くらいにはなるから馬鹿にならない。それを口に入れると、次はカップ本体のアイスをスプーンで思いっきりすくって食べた。甘い甘いバニラの味が口の中いっぱいに広がっていく。求めていたものを得られた気分。暑い夏の至福のひととき。


 アイスを食べ終え、糖分も脳に回って思考力が回復したところで、智文は再び部屋に戻り、パソコンの前に座って執筆作業を再開することにした。


 夏休み前の話し合いによって決まった内容。


『人間と幽霊が交流して恋に落ちる』


 何というざっくりとした決定事項だろうか。ここからどんな設定やストーリーを作り上げればいいのかなんて見当もつかない。むしろ何も決まっていないと言ってしまってもいいのではないか、と思うくらい自由度がある。


 陽菜乃もその点については理解しているようで、「人間と幽霊の恋愛模様がそれらしく描けてればいいから」というこれまたざっくばらんな指示をしてきた。


 そんな簡単にいくかよ、と今はこの場にいない彼女に愚痴りつつ、智文は登場人物たちの台詞を一つずつ紡いでいった。


 主人公は直夜を、ヒロインは透華をイメージして。


 こうして話を作っていくと、自分はこういったことが案外好きなのだなという事実に気づく。今までも何となく興味はあったものの、なかなか実際に書いたりする機会はなかった。だから強制的とはいえ、今回の件は良いきっかけになったのかもしれない。


 智文にとって、物語は気がつけばそこにあるものだった。


 それが好きとか嫌いかとか意識する前から、本、映画、ドラマ、アニメなど、物語に触れる機会はたくさんあり、そこに出てくるキャラクターたちに共感したり反発したりしながら、流れていくストーリーに一喜一憂した。


 そうしているうちに、受け取った数々の物語が複雑に絡み合い、混ざり合って自分自身の価値観というものが形成されていった。具体的に自分の価値観の根源はこれだ、と断定することはできないが、間違いなく自分はそれら物語の影響を受けている。


 今は自分がその物語を作っている。映像にしてしまえば十分から十五分ほどの短い話ではあるが、智文は大きなやりがいを感じていた。


 実際に撮影に入ったら、もっとわくわくするだろうな。


 自分の書いた脚本がクラスメイトたちに使われている様子をにやにやと想像しながら、智文は頭の中で思い描くストーリーを少しずつ文章にしていく。


 脚本の完成は近い。

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