20××年8月×日

【1】

 僕は小説を書いている。


 タイトルは『インタラクション』。


 現実世界の僕は、毎日少しずつこの小説――インタラクションの世界を作っている。


 照明を落として真っ暗になった部屋。時刻を見るとすでに0時を回っていて、目の前ではノートパソコンのモニターだけが眩く白い光を放つ。


 夏の深夜、部屋に響いているのは自らが叩くキーボードの音だけ。それがカタカタと小説の世界を進める時計の音みたいに鳴っている。


 小説の執筆はここまで順調に進んでいた。初めに大まかなプロットを組んで、今はそれに沿って書いている。綿密に練られたプロットではないので多少のずれは生じているが、今のところ大した問題にはなっていない。


 とは言いつつも、最初の一行目を書き始めてからまだ二週間程度しか経っておらず、完結までには程遠い。


 そもそも、本格的に小説を書くのはこれが初めてであり、まだ作品を完成させるというイメージがまったく湧かない。


 世の中には小説を書き始めたものの最後まで書けない人が多くいるという話を耳にしたことがあるが、実際にやってみるとそれもなんだかわかる気がした。


 小説を書いている間は、最果ての見えない途方もない旅をしている気分だ。





 ここで少し、小説世界のことについて触れておこうと思う。


 小説の主人公は朝野智文あさのともふみ。高校二年生。


 内容は文化祭。クラスの出し物で映画を撮ることになり、それに向けて仲間とともに奮闘するというよくあるストーリーである。


 どうして高校の文化祭の話にしたのか。その答えは単純だ。


 間もなく文化祭を迎える高校二年生。


 それは僕の現状と一致する。だから、書きやすいと思った。


 ただ、現実の世界と小説の世界は違う。


 僕のクラスが実際にやる出し物は映画ではなくて演劇だ。


 そして、それに取り組む『仲間』に僕は入っていない。夏休み真っ只中の今、こうして小説を書いていられるのもそのおかげである。


 ――なぜ、小説を書いているのか。


 これについては自分でもよくわからない。別に書くことを誰かに強制されているわけではないし、何か目的や目標があって書き進めているわけでもない。だいたい、僕が小説を書いていることは誰も知らないのだ。友達にも言っていない。というより、そんなことを言えるような友達自体いない。


 それゆえ、こうして僕は誰に知られることもなく一人で黙々と執筆を続けている。


 だが、それはむしろちょうどよかった。


 小説を書くという行為は誰に頼るでもなく、唯一にして絶対の友達である『孤独』とともに遂行していくしかないのだから。


 そうやって一人で物語を作っていくのは大変だ。でも、それによってある種の万能感を得ることができる。


 小説世界において、筆者である自分は神様のような存在になれるのである。


 小説の中に出てくる登場人物たち。


 彼ら彼女らの運命はすべて僕の意思で決められる。生かすも殺すも僕次第。


 現実では起こり得ないような理想的な展開も、現実と同様に、あるいはそれ以上に厳しい状況に陥れることも可能だ。


 例えば、今ここにサイコロがある。


 1から6までの目があるサイコロ。それぞれの目が出る確率は六分の一。


 理論的には合っているとしても、そんなのを真面目に信じている奴は馬鹿だ。


 ――次は『3』の目が出るよ。なぜなら僕がそう決めたから。


 そんなことを思いながら、実際にサイコロを手に取り転がしてみる。


 …………。


 手から離れたサイコロはコロコロと音を立てて机の上を移動し、静止した。


   『1』


 やはり、現実世界ではそううまくはいかない。


 でも、気にすることはない。小説の世界では絶対に間違えることはないのだ。僕が「3」と言ったら『3』になる。誰にも運命は変えられない。


 この小説――インタラクションの物語は、順調にいけば秋には完結するだろう。


 秋と言えば、僕がいるこの現実世界でも文化祭が執り行われる。


 だが、それは小説を書く上では関係のないことだ。先ほども言ったが、たとえ現代を舞台にしていようと現実の世界と小説の世界は似て非なるものだ。


 決して混同してはいけない。すべてフィクションなのだから。


 とにかく、今はこの小説を書き進めることだけに集中したい。夏休みの間にできるだけ書いておかないと終わりまで辿り着ける気がしない。


 もし、最後まで書けたら……。


 こうしてキーボードを打ち続ける間もそのことについてはずっと考えている。


 自分のやっていることの意味や価値をなんとか見出そうしている。


 だが、答えは出ない。


 誰かに期待されているわけでもない。誰かに読まれるわけでもない。


 そんな物語が終わるとき、いったい何が得られるというのだろうか。

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