第6話 それでも勇者は怒りを燃やす!
勇者はソウルブレイカーの柄に力を込めるが、刃は見えない壁にでも突き刺さっているかの様にコンマ1ミリたりとも動く気配がない。
「くくく……無駄じゃ、無駄無駄ぁ!」
大神官ナカムラは全体重を剣に乗せて力を込めている勇者の頭を掴むと強制的に上を向かせ、自分と目を合わさせる。
「ちと憎悪が足りん様じゃな。いい事を教えてやろう。預言者ポーは
「それがどうした、俺には関係ない!」
湧き上がる憎悪はソウルブレイカーに吸収されてしまう為、勇者は表面上怒りに満ちているように見せているが、内面はひどく冷静だった。おかげで口調もある程度コントロール出来るようになってきた。
「この教会にはソウルブレイカーの封印を解いて、世界を救う者を集め育てていた。その中で、最も素質を持っていた者がシスターリリスじゃ」
「シスターリリス……誰だ?」
勇者はナカムラが何を言いたいのかまるで想像がつかなかった。シスターなんて飯炊きのばあちゃん以外見たことないのだ。
「彼女は幼い頃から両親からの暴力を受けていた。十五を越える頃には金で男共の慰み者にされていたのじゃ。そんな彼女が教会へと保護された時には両親を恨み、男を恨み、そして自分に優しくない世界を憎んでおった。コレ以上ない逸材じゃとワシは歓喜したのじゃ」
狂気に歪んだ笑顔のナカムラの顔が急に曇った。
「彼女を更に育てる為に監禁し、拷問し、陵辱し続けた。だが、彼女の心をポーのバカ者が救ってしまったのじゃ。どうやったのかわからんが、彼女はソウルブレイカーを触る事も出来なくなって使い物にならなくなった。仕方ないのでゴミはポーにくれてやったよ。おかげでそれからはポーも素直に言う事をきく良い息子になった。それからしばらくしてからじゃよ、彼女が身ごもったのは」
「貴様、何の話をしている!」
自分の中の奥底にある何かがドス黒く塗りつぶされていく……そんな背筋を凍りつかせ、手足を震わせる感覚が俺の心を揺さぶる。
口ではああ言いながらも、こいつが……ナカムラが、何を言おうとしているのか分かった……わかってしまったからだ。
『カッカッカ……』と笑い邪悪な笑みを
「あの女、まだ三十代だというのにあの様にやつれ果てまるで老婆のようになってしまいおった」
「やめろ……」
「もう用済みとなったポーを殺し、あの女も始末しようとしたその時じゃ、心が壊れて口もきけなくなったというのに……あの女」
「やめろ、やめろ、やめろ!」
「『子供は……勇者は殺さないでぇ』とすがり付いて来おった。いやぁ、ここ何百年かで一番滑稽で笑わせてもらったわ!」
「ああぁあぁぁぁ……うわぁ―――――っ!!」
俺自身にも見えるほど可視化されたドス黒いオーラがみるみると右手に握られたソウルブレイカーへと吸い込まれていく。
「アハハハ……そうじゃ、その意気じゃ。その剣に悪意を吸わせて世界を救うのじゃあ!!」
「何が世界を救うだ、このど外道がぁ!」
「わぁはっはっはぁー、無駄じゃ無駄無駄ぁ!!」
怒りの感情とは裏腹に憎悪は吸い取られすぐに冷静になっていく。涙が溢れているのに心が強制的に落ち着かされていく。悔しい……。
俺はやせ細っていく憎悪の感情を振り絞り、かろうじて一言……精一杯の暴言を口にした。
「……ハゲ」
「誰がハゲじゃ、このクソガキぃ。殺すぞ!」
大神官は坊さんだった。頭を丸めているのは当然の事。だが、この場面で絞り出す様に吐き出された素の言葉に対して、つい怒りがこもってしまった。
俺の手の中のソウルブレイカーがビクリと震える。
そして俺はただ呟いた。
「殺意を感知……」
「ま、ま、待て! コレは冗談、そう本気で言った訳では……」
大神官の言葉が最後まで言われる前に、それまでピクリとも動かなかったソウルブレイカーの切っ先が吸い込まれる様にナカムラの胸へと突き刺さった。
「そんな……バカな」
俺は剣をスッと引き抜くと大神官はゆっくりと崩れ落ち、体中から泡を吹き出して縮んでいった。
泡が消えるとそこには干からびた一匹の白い蛇の死骸だけが残されていた。
俺は無感情なまま、それを一瞥すると踵を返し剣に引かれるままに教会の外へと向かって歩き出した。
この世界を救うために……。
ーつづくー
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