第5話 それでも勇者は真実を知る!

目に殺気を込めようとするもでジジイをにらみ付ける事も出来ない。魔剣の支配下にあり思う通りに体が動かないようだ。必死に片膝をついたまま大神官を見上げるのが精一杯な状況である。


「何故俺が勇者なんだよ。どうして俺を勇者に選んだんだ? 今まで随分はぐらかされて来たんだけどぉ、今日こそは答えて貰おう……かなー!」


口調にも全く悪意が籠もらない。


大神官は『なんじゃそんな事か』とつまらなそうにボソリと呟いた。


「皆はおぬしを勇者と呼ぶ。お前の名前を【勇者】と付けたのはこのワシじゃ」


「職業ぢゃなく名前だったのかー恥ずかしいなぁ、こんちくしょう!」


口調とは裏腹にジジイに対する憎悪が増大していく。そんな俺を気にする事もなく愉悦に歪がんだ顔で俺を見下してくる大神官は、ゆっくりと諭す様に語り始めた。


「この世界は悪意に満ちておる。つまらぬ諍いが常に起きておる。アダムとイブの頃からずっとじゃ」


「まるで知ってるような口ぶりだ……な」


「もちろんじゃ。よく知っておる。アダムはリンゴ……知恵の実を得て悪知恵が働く様になった。イブはフルーツナイフ……武器を手に入れて器用になった。二人は常につまらない事で争い続けた。二人がそばにいては争いは消えない。ワシは二人を仲違いさせ引き離す事にしたのじゃ」


「おいおい、それって……」


憎悪が吸い取られたせいなのか、それとも驚きでその他の感情が薄れた為なのか……少しだけで体の自由が利く様になった。俺はジジイに悟られぬ様に彼の言葉に耳を傾けながらスキをうかがった。


大神官は遠くを見る様に、目を細め続きをポツリポツリと語りはじめた。


「ワシは平和な世界が欲しかっただけなのじゃ。だから色々な動物、植物……生物を召喚し、人も増やした。愛すべき者たちに囲まれれば平和になると信じたからじゃ。じゃがソレが間違いの元じゃった」


「……」


「知恵の実を分け合ったアダムとイブ……人間には悪意が備わってしまった。複数人集まればすぐにいがみ合う。それが魔族と人間となればもう殺し合いじゃ。もうそうなればどちらかが滅ぶしかなかろう」


「そんな……お前は知恵の実を食わなかったのかよ大神官……いや、ナカムラ!」


ナカムラは『ようやく気付いたか!』と言ってクスクスとわらった。


「三分の一に均等に切るのは難しいからのう、ワシの分は、自分の分が一番小さいと言って泣くイブにくれてやったのじゃよ」


懐かしむ様に目を閉じたナカムラに『今だっ!』とばかりに立ち上がり、ソウルブレイカーを構えて体ごと突進しその刃を彼の心臓に突き立てた。


「なにっ!」


ナカムラに突き付けたソウルブレイカーが彼の胸の直前でピクリとも動かなくなった。


「くくく……憎悪を持たぬワシはソウルブレイカーの封印を解く事が出来んかった。じゃが逆に憎悪を持たぬワシをその剣は貫く事が出来ん。残念じゃったな勇者


「クソっがぁ!!」


目の前に本当に倒すべき敵がいる。だがそれを貫くべき刃はその者の直前で止まり1ミリたりともその先へと進まない。


苛立ちを募らせ憎悪を順調に蓄積していく。

昼飯抜き【勇者】17歳、秋のおやつ時であった。



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