第3話
さて、家を飛び出したものの、道がさっぱり分からない。
それもそうだ、私は信二が学校というものへ行っていることを知ってはいるものの、その場所や形までも詳しくは知らない。それに加え、行ったところで私は通してもらえるのだろうか、「弁当箱を届けに来た」という口実はあるものの、それが通じるかどうかは定かではない。
おやおや、色々と都合が悪くなってきたぞ?
しかし、既に歩は進めてしまい、30分ほどは歩いてしまった。とにかく賑やかな方へと、建物の多く見える方向へ進んではいたが、一向にそれらしき建物も見当たらない。道も入り組み、帰宅するにも自分がどの方向へと戻ればいいかが分からない。
「全くもって、方向感覚も無い。本当に何も無いのだな、私は」
そんな愚痴をこぼしてみる。
「……ん?」
途方に暮れていると、目の前に学生服を着た男が3人ほど駄弁りながら歩いている。真ん中とその右にいる男は金髪、もう一人は黒髪にピアスという、学生服にしては悪目立ちをするような格好だ。
「すまない、君たちは信二と同じ学校のものだろうか、場所を教えて欲しいのだが……」
「――――ん?あぁ?」
声をかけると、真ん中の男がばつが悪そうにして生返事をした。
「……では、君たちの学校はどこだろうか?」
もしそこが私の求めている場所と違ったとしても、何かしらの成果は得られるかもしれない。そう思っての問いかけだったのだが、それがどうやら気を悪くさせたらしい。
「あぁ?!なんだよお前、職質かっての」
男は舌打ちをすると、睨みつけながらそう答えた。
誤解を解こうとしたところで、黒髪ピアスの男がその男に耳打ちをする。一体、なんだろうか。
「――――あぁ、ありだなぁ……」
男はニヤリと不敵な笑みを浮かべるとこちらを見やる。そして左手ですかさず隣の金髪男に合図を出すのを、私は見逃さなかった。
「……とりあえず、こっちに来てくれますか?」
「はぁ……?」
「いやいや、いいからいいから」
押されるがまま、言われるがまま、私はその男らに囲まれるようにして歩を進めた。前を歩いていた男、黒髪ピアスの男が歩を止めたので、それに合わせて歩を止めると――――そこは路地の裏だった。
そう認識すると、直後に来るのは強い衝撃!
「……!」
「……?何をするんだ、やめてくれ」
「かってぇ……なんだこいつ……!」
衝撃のしたほう、すなわち後ろを振り向くと、金髪の男二人が曲がったパイプ、カッターナイフを持っていた。
「……?」
そのカッターナイフで何をする気なのかと、少し考えてみる……この国は、銃刀法違反という決まりができてから、武器となるものを所持しないようになっていたことを私は知っている。そして同時に、人を殴ったりすることが「暴行罪」というものに繋がるという事も知っている。
しかし、彼はそのパイプで確かに私を殴ったし、武器となるモノも持っている。すなわち、それは――――
「君たちは、犯罪者ということになるが……?」
そう問うと、男たちは少し気味の悪いものを見た顔をする。何度も見た顔だ。
「なんでこいつ……こんな平然としてるんだよ……」
そして、その反応もまた見知ったことだ。
私には何もない。故に痛覚が無い。なので、彼らがパイプで私の後頭部を殴ったことも、気づいてはいるものの、そこに恨みや怒りを持つことはない。
「……できれば逃げ出す前に教えて欲しいのだが、学校はどこにあるのだろうか?それだけが知りたいのだ」
「逃げ出す……?舐めてんのかよ、てめぇ!」
再度、パイプが私の頭に当たる。しかし、動じることはない。
「な……!」
怯むことも無い。
「こっ……のやろう!」
男は何度も何度も私の体を殴り始める。右腕、左肩、足、急所。
そしてついには、私の持っていた弁当箱に当たり、吹っ飛んだ。
「……はぁ……はぁ……っんだよこいつ!」
男はやけくそ気味にパイプを投げ捨てると、隣の男の持っていたカッターナイフを奪い取り、私に向ける。
「……ちょ!それは脅し用だろ……?」
「うるせぇ!こいつは殺すんだよ!」
当然だが意味はない、私には痛覚が無いからだ。そしてそこには恨みや怒りも、同じく無い。
ただ、そこじゃないところに恨みや怒りは湧く。それも、私のことを友人と呼び、名前までくれた恩人の持ち物を滅茶苦茶にされれば。
私は男に背を向け、呆然と立ったままでいる黒髪ピアスをどけて弁当箱を拾う。
「うおおおおおおおおお!」
すると、今だと言わんばかりに男が私に向かって突撃してきた。
私は男のナイフを持った手を掴むと、刃を掴んで男の手から退ける。
「……な……こいつ、血が……」
私には何もない。故に血も無い。
「君は、『血も涙もない』という比喩を聞いたことがあるだろうか、あの言葉には『人としての優しさが何もない』という意味が込められているのだ。とても悲しい言葉だ。私には何もない。故に『血』も『涙』もない。しかしどうだろう、私は人としてありたい。君たち以上に人のありがたみを知っているし、優しさや情緒も持ち合わせている。人としての悲しみも十分に知っているはずだ。だが、君たち以上に人にはなれないのだ。とてもつらいよ」
「……なんなんだよ……お前……気持ちが悪りぃよ、離せ!」
「それも、幾度となく聞いた言葉だ」
私は彼の言う通りに手を離してやる。
しかし、その言葉の最初には、「投げ」という言葉がつく。
「がっ……!」
男は壁に勢いよく当たり、手首を抑えたまま動けなくなっている。
「ば、化け物……」
「う、うわあああああ!」
もう一人の金髪の男はその場で立ちすくみ、黒髪ピアスの男は一目散にどこかへと逃げ去った。
「……記憶というのは難しいものだ。自分はひたすらに覚えているつもりでも、それは時間が経てばたつほどに劣化していく。明細にそのことを覚えられるわけでなく、一部、また一部と忘れていき、時には全く別の記憶と混合することもある。最近では、メモをしようかとすら考えたほどだ」
故に、私には記憶もない。
「だから、この術をいつ手に入れたのかは覚えていない。ただ覚えているのは、この技術を『術式』と呼んでいたことだけだ」
私が男の前に一本指を出すと、男は怯えたように「ヒ」の音を出した。
「術式――――【暗】」
「――――――――!」
刹那、男が大きく口を開ける。しかし、声は出ない。
今、彼の中には簡易的な闇が作られている。視覚は塞がれ、聴覚もなく、足や指先の動かす感覚すらない。声の発し方は忘れ、さっきまで何をしていたかさえも分からなくなる。
「……!、!、!……!」
立つこともままならず、地べたで暴れ回る彼のポケットから板のようなものが落ちた。
「……これは」
『学生証』と書かれた紙だった。そこには彼の顔写真と名前、そして学校の住所が記載されていた。
「なるほど、なるほど……これはこれは……」
じっくりと見て考える。どこだろうか、分からない。
「町名はしっかりと覚えたので……いいか」
私はポイッと学生証を彼の近くに捨て、ひとまずこの路地から抜けることを考える。
彼らの来た道を辿れば、辿り着くだろうか?そんなことを思いながら。
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