あまふり
「あっめあっめ、ふっれふっれ、かあさんが〜じゃめのでおむかえうっれしいなあ〜!」
ぼくは楽しく歌を歌って、お母さんのお迎えを待っていた。
「…
来たのはにいちゃんだった。
「なんでにいちゃんが来るの〜!?今、かあさんがじゃめのでおむかえって歌っちゃったよ!?」
「じゃめのじゃなくてじゃのめ、な。今日、母さん仕事長引いてるらしくて。何?俺じゃ嫌なわけ?」
「ううん。でもかあさんがおむかえって歌っちゃったから…」
ぼくがにいちゃんに話していると、ゆかり先生がニコニコして話しかけてきた。
「ふふふ、
「あ、はい」
にいちゃんもぼくと同じ幼稚園で、ゆかり先生はちっちゃいにいちゃんのことも知っているらしい。
「大変ねぇ。本当、子どもの成長って早いわぁ」
にいちゃんは「はぁ」とか「へぇ」とか「あ、そうなんすね」とか、そんなゆらゆらしたことばかり言っている。
「…拓、帰るぞ」
今、待ってたのはにいちゃんと先生が話してたからなのに…。
「はあい」
「雨降ってるから、二人とも気をつけて帰ってね。…拓くん、また明日」
「うん。ゆかり先生、さよーなら!!」
ぼくは黄色の傘を、にいちゃんは黒い傘を差す。
じっと傘を見てから、なんかこの組み合わせ警告色だな、ってにいちゃんは言った。けいこくしょくってなんだろう。あとでお母さんに聞こうっと。
てくてく二人で歩いて帰る。
にいちゃんは歩くのがはやくて、ぼくはいつも追いつけなくなる。
でも、今日は違った。
にいちゃんが、急に歩くのをやめた。
雨の中、傘を差さずに走っている女の子を見ている。
「…傘、持ってないのかなぁ?」
「…さあね」
「にいちゃんの友だちなの?」
にいちゃんはぼくが初めて見る顔で笑った。
「…どうかな。友だち、強いて言うならクラスメイト、かな」
「ふぅん。変なの」
「何が」
「なんで友だちじゃないの?くらすめいとって友だちじゃないの?」
にいちゃんは急にまっすぐになった。にいちゃんの何がまっすぐになったかはわからないけど、なんだかとてもまっすぐだ。
「…もうちょっと、大切かな。…拓は友だちが困ってたら助けたいと思うだろ?」
「うん。今日もね、たいきくんにハンカチ貸してあげた」
「偉いな。…でもな、なんだろう、中には助けられない人もいるんだよ。本当、わがままな話なんだけど。大切なのに、助けないなんてわけわかんないよな」
ぼくはいつもよりまっすぐなにいちゃんがなんだかおもしろいな、と思った。
「変なのー!」
「やめろ」
それでもずっと、にいちゃんはその女の子を見ていた。もう姿が見えなくなっても、ずっとずっと見ていた。
ぼくは、今日幼稚園で言われたことを思い出した。
「大切な人にはね、ぎゅーってするといいんだよ!」
「…なんで」
「だって、そうしたらなんか幸せじゃない?ぎゅうしたらみんな幸せなんだよ!!」
にいちゃんが、ふはっと笑った。
「…うん、そうだな。そうだよなぁ」
「だからにいちゃんもあの女の子ぎゅーってしなよ!」
「…お前なぁ」
今度はなんだかにいちゃんがあったかく見える。ほかほかの焼き芋みたいな、肉まんみたいな、布団みたいな、夏の砂浜みたいな。
変なのー!
「ぼくはしたよ?くるみちゃんに」
「…え」
「ぎゅーって!ぼくとくるみちゃんね、結婚するんだよ!!」
にいちゃんが突然げらげら笑い出した。
なんだかわからないけど、ぼくもなんだかおもしろいから笑っちゃおう。
ピッチピッチチャップチャップランランラン
ピッチピッチチャップチャップランランラン
にいちゃんが、いつかあの女の子に傘を差せるといいなぁ。
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