わかれ道
「一緒に帰ろ?」
そうわたしが言うと、いつも嬉しそうに笑う。
「うん」
わたしの友達の
「あちゃー、雨降ってんね。茜、傘持ってる?」
「うん。
「…うん。この前雨降ったときに折り畳み、鞄から出しちゃって」
わたしが苦い顔をしていると、茜がにこり、と笑いかけてきた。
「一緒に入ろ?」
「…うん」
茜はかわいい。しかも頭も良いし、優しい。
でも、そのせいで損をしている場面をわたしは何度も見たことがある。
「まぁ、大丈夫だよ」
「大丈夫?」と聞くといつも決まって、そう返ってきた。
その度にわたしはしまった、と思う。
兄に言われた言葉を思い出すのだ。
『良心の呵責は自分で背負え。優しくすることこそが残酷だったりもするんだよ』と。
わたしは茜を無視することが何度もあった。
その度に茜に言っていたのだ。
「ごめんね。大丈夫?」と。
わたしは、「大丈夫」以外の言葉が返ってくることを、一度でも考えただろうか。
「…茜?」
「…あぁ、ごめん。何だっけ」
わたしは知っている。
茜は雨の日の帰り道、いつも決まってアイツを見ている。
黒い傘で隠れて見えない、アイツの背中を瞳でなぞるようにして。
嬉しそうに、愛おしそうに、時に悲しそうに、寂しそうに。でもやっぱり幸せそうに。
それでもわたしは自分から「アイツが好きなの?」なんて聞いたりしない。
それが、わたしが茜にできる、唯一の抵抗だからだ。
茜と別れる、十字路に着いた。
ここからは一人で家まで帰らなければならない。
わたしはいつもこの瞬間に開放感を感じて、すぐにその罪悪感に浸る。
今日は雨が降っていた。
「…柚乃。私、家もうすぐだから」
そう言って茜が傘を差し出してくる。
「えっ、いいよ。大丈夫」
「ううん。いいの。柚乃が風邪引いたら困るから。…じゃあね!」
茜は傘をわたしに押し付け、そのまま土砂降りの道を駆けて去っていった。
なんで、優しくできるのだろう。
いつも茜を無視するのは、わたしの方なのに。
もうすぐで家に着く、というところで見知った影が見えた。ひらひらと手を振っている。
「柚乃ー。…あれ、その傘、
「あぁ、なんだ、
わたしは、まるで今春海に気づいたかのような態度をとった。
「いや、別に」
家が隣の春海とは、小さい頃からずっと一緒だ。
春海のことなら、なんでも知っている自信がある。
だからこそ、分かる。
春海は女子の傘を、わざわざ覚えたりしない。
もうすぐ、進路を決めなければいけない。
茜は頭が良いから、きっと賢い学校へ行くのだろう。
もう同じ学校に通うこともできなくなる。
わたしが春海のことを忘れられたら。
わたしにもっと勇気があれば。
あの、いつもの分かれ道で、あそこで別れずに、もう一度ちゃんと向き合うことができたなら。
どうしたって許してもらえないと思うけど。
それでも、茜はわたしの友達。
きっと、わたしは茜の友達。
いつか、心からそう思いたい。
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