第8話 一閃
土の匂いが充満する
それもその筈、花街の麗しさと煌びやかさからかけ離れた
土壁がむき出しになっている無骨な空間。
修練場───…と蜜姫は呼んでいた。
目の前の女と向き合う。
ここまで一緒に来たが言葉は交わさなかった。
挨拶程度ならしたが、相手は頭を軽く下げるだけで言葉はなかった。
一定の距離をお互い取る。
武器はお互い刀だ。腰に下げている鞘がそれを物語る。
小柄な少女だ。それに華奢で細身。
それでも俺は知っている。彼女の剣戟は重たいということを。
「死合稽古の前に、一応名乗っておく。神無月だ。お前は?」
「───……」
「……」
「……」
無言の時間が続く。名乗りたくないのか
「…いや、すまない。名乗りたくないのであれば…」
「否定」
「は?」
「名 伊吹」
随分と単語区切りは話方だ。
そもそも、花街にいる女の癖にそういう女っぽい仕草が見当たらないあたりそういう自分を売る仕事をしていないのは明白。
無骨な刀が何よりの証拠だ。ワケありか。
「伊吹か…。では、死合稽古を始める」
「肯定」
───お互い、腰に下げた刀の柄に触れる。
目の前の少女が低く、腰を降ろす引き抜く刃。その刀身は紅い
妖しく光る。不思議な魅力と同じくらいの嫌悪感を感じる刀
「妖刀か…!」
「肯定」
独特な足運びで少女が距離を取る。姿が揺れる
トン、トン、タタン、と軽やかな音のように空間に木霊する。
一定の感覚でブレる足運び。間合いが掴みにくい
まるで、流れる風を相手にするような面倒くささ。
「油断」
小柄ならではの戦闘
身軽さ腰を落とすことによる、低さ
視界外からの下からの攻撃
鈍い紅が視界の端に見える
避けきれない───!!
刀を引き抜き、その紅を受け止める
鉄のぶつかる耳障りの音
紅と青の刀身がぶつかる
一撃が重たい、一撃離脱
力任せに相手を押し切りそのまま一度距離を取る
足運びは最悪いい
ただ、あの低い体勢から繰り出される下段からの振り上げ
そして、勢いを殺さない振り下ろし
「───弱」
「どうだかなぁ!!」
間合いを取ったはいいものの一撃離脱を繰り返されるとこちらの体力が持たない
追いかけても俺では追いかけ捕まえそのまま刃を当てるとなると
不可能ではないが随分と疲れるだろう。
効率的ではない。俺は巧く立ち回らないとおそらく負ける
独特な足運びブレるのは彼女ではなく木霊する音のほうだ
地面に足がつき、響く音と実際に地面に足が触れる瞬間が微妙に違う
錯覚。小さなその差に脳みその理解が遅れる
攻防が続く
鉄がぶつかり擦れる音が聞こえる
何度も打ち合ってくるとわかることもある
基本的に攻めへの転じが早い
だが、俺からの攻撃は基本受けではなく避けへと転じる
刀で一度も受けてこない
「ハァ…ッ…ふぅ…」
「───」
俺の荒い息が響く
格好悪いことに防戦一方…というには俺が不利だろう
俺もそう思う。
じゃぁ、もう仕方がない。
鞘に一度、妖殺しの刀刹那を収める
目の前の少女、伊吹の眉が少し動く
「理解不能」
「怖気づいたか?」
狗のように歯を見せて笑う
煽りは俺よりあいつのほうがうまいだろう
疲れた脳みそでもあともう3言葉くらいの煽り文句が続いただろう
俺は優しいので一言そういうだけだ。
伊吹の指が一瞬揺れる
煽りに反応する。戦えば見えてくる
おそらく息吹は短気より。
守りより攻めが好きだ。連撃の剣戟は衝撃が薄くなる
おそらく体力がそんなに多いわけじゃない。
「───勝利」
「やってみろよ!」
瞬間、伊吹の姿が陽炎のように揺らめく
音が響く。
瞬間、目の前に現れる
紅が迫る。このままではおそらく肩の肉をえぐりとり下手すれば
鎖骨まで行くかもしれない。
だが、問題じゃない。
それは問題じゃないんだ。
───小さな静寂
戦いの中でも無音は存在する。
一秒にも満たない小さな時間
一閃
駆け抜ける
空気が揺れる
振動と共に衝撃が空間を襲った。
カランと刀が手から離れ落ち、地面に落ちる硬い音が響く
「────────────何故…」
落ちた刀は紅だった。
今まで表情を無で固定していた少女の表情が初めて大きく動く
目を見開き、理解できない状況に言葉がでなかったようだ。
「───ッ……ハ…ァ!!きっつ…いんだよ…」
カチャン、と刀を鞘に収める音が響く
神無月の戦術は至ってシンプルなものだ。
彼が使える業は一つ
恵まれた才能は一つのこと。
それは、重たい攻撃でもなく
恵まれた身体能力でもなく
───速さ。
彼が、唯一狗を超えるものがあるとするのであれば
その刀を抜き敵を穿つ経った一撃の”居合”
その速さ
音を置き去りにして空を二つに断つ
しかし、その代償はただの人間には重く
大きな負荷に筋肉は断裂の音を立てて内側からちぎれるような音がする
肺への負荷、呼吸が乱れる。連発できない理由
使いたくない理由はただ一つ
「…わるい。運んでくれ───」
驚きの余韻が抜けきれない少女に向けて神無月がそう言う
瞬間、彼は力をなくしてその場に倒れ伏す
伊吹はその様子を一瞬遅れて見届ければハっとして彼に駆け寄る
急いで脈を確認すれば───
眠っているだけのようだ。
しかし、彼女は負けたのだ
微かな悔しさと怒りが胸の内に灯る
だが、それを大きく上回る強者との立ち会いへの感謝
「…感謝」
意識のない彼に一言息吹は礼をした
そして彼を運び、この訓練場をあとにしたのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます