第6話 男を喰う女


歩を進める

長い廊下が続く

狗と俺の足音、それとは別に襖に仕切られた奥の部屋から聞こえる

甲高い声と息遣い。

少々耳を塞ぎたくなる声。

狗は気にせず涼しい顔で歩いていく。

流石に遊びはやめたのか着替えたようでいつもの格好だ。


廊下の先に上への階段。

足を乗せるとギシリと木が歪んで軋む音がする

だが、作りは立派も立派なようでそれだけだ。


進んでいく。


一際大きな部屋の前

甘ったるく品のある香

装飾はシンプルだが作りから高級さを感じさせる襖


そして甘い声


「おい。狗」

「ヤってる最中だなァ、お邪魔するか?」


ケラケラと笑う狗を横目で睨む

狗はその様子を見て余計に可笑しそうに笑っていた。

開けるか開けないか。

襖に手をかけてそのまま横に力を入れてスパンとあける。

最初に見えた景色は白。


「うぉ…?!」

「糸だなァ」


白の壁。一面白だ。

狗がつんつんとその白色を突っつけば狗の細い指にツゥっと糸がくっついた。

ベタベタすると言いながら狗は手ぬぐいで指を拭うとトントンと自らの足元の影を叩いた。

すると、にょきっと生えるかのように一本の槍が出てくる。

鈍く銀色に光る刃。伸びる持ち手は赤い。

いつの間に調達したのか。素人目にしてもまぁいいものなんだろうなと察することができる程度には業物のようだ。

狗はそれを手にするとくるくると数度、手で遊んで回す。器用なものだ。

パシっともう一度掴み、遊びをやめると片手で槍を振るう。


空を切り

音を数秒置き去りにして


糸が斬れる

風圧で髪が靡いた


「まぁまぁいい槍だな」

「部屋壊してねぇだろうな」

「俺がんなヘマするようにみえるのかよォ、相棒ゥ」


ヘラヘラと軽い笑みを浮かべながら糸で出来ていた壁の先に

足を踏み入れる


見えたものは予想通りのもの。


艶やかな女だ。男の上でその体をしならせていた。

乱れた衣服から見える男なら誰でも触れたくなるような柔らかそうな白い肌

流れる長い黒髪は白い肌に対比して美しい

伏せがちな美しい青い瞳に心奪われそうになる

甘い匂い。

直感する。

アレ、は、男を喰うものだ。


「見惚れたかァ?相棒ゥ」


からかうような声が耳元で聞こえてビクリと震える

数秒、動きが止まっていたようだ。

悔しいが見惚れていたらしい。


「あらあら…最中に、お邪魔なんて無粋よ椿…」


水のような涼しげで美しい声

青い瞳が狗を見つめた。名前を知っているらしい

そりゃぁそうか。


「ヒュゥ、別嬪さんの色っぽい姿が見れて俺は運がいいみてェだなァ」


わざとらしく、芝居がかったような仕草で肩をすくめる

狗が一歩前に出る。俺の前。

聞き手が俺の前にあるということは、どうやら俺をこれ以上進めたくないようだ。

守られているような苛立ちがあるも大人しくその場に留まる。

成り行きをとりあえず見てから動きを決めることにしよう。


「ふふ…お上手ね。よろしければ椿とも一夜過ごしたいのだけど…」


耳に届く声は甘い。

砂糖を煮詰めたようなグツグツと熱い甘ったるさを秘める。

……ん?同性だよな?

奥の女性はどこからどうみてもやはり美しい女だ

狗は俺というが肉体は女…?だよな…?

疑問を浮かべながら交互に狗と女性を見る。


「ご冗談。俺に寝転んでろっていうのかァ?」

「貴方は下で鳴いてる方が可愛いから」

「言うじゃねェのォ。」

「それで…私のことあんまり好きじゃない貴方がしかも人間連れてくるなんて…どんな用事なのかしら…?」


目を細めながら女は狗の後ろに居る俺を見る

視線が絡まる

心臓が音を立てる

熱がこもるような嫌な感じ

覚えのない熱、喉が渇くような

何かを求める熱。


「おい。俺の相棒だ。からかうのはやめろ」

「……ふふ、坊やには、少しはやい挨拶だったようね」


狗の硬い声が部屋に響く

数秒して女が俺から目をそらした。

心臓の音が正常に戻る。


「…目ェ合わせんなよ」


小さな耳打ち

早く言えよ

じとっとした視線を送るとへらっと笑って俺の背中を叩いた

いてぇんだよなぁ!!

叩かれた背中をさすりながら女を見る


「銀のガキだよこいつはな。お前に会いに来た」

「……あらあら…銀の…そう…へぇ…坊やが…」


意外そうなものを見る目

しかし声には小さな喜びの色が見える

親父はどこでも人気だったようだ


「ところで下の男は生きてんのか」


狗が視線を女の下に居る男に移す

確かに、ここまで話し込んで邪魔をして罵倒なり困惑の声なり聞こえてきてもおかしくはない。むしろ罵倒が飛んでくると思っていたのに何一つ反応がない。

男を見る。


目が明後日を向いている

恍惚と恐怖にも似た表情

抵抗するように女の腰に置かれている手。

腰と腰は繋がったままだ。


「……うわ…」


理解してつい声が出た

まじかこの女


「蜘蛛女は男を喰うもんだからなァ」

「貴方は食事抜き手夜の相手したいわよ椿」

「冗談じゃねぇ。お前の相手はこりごりだ」

「一回ヤったのか…?」

「……さぁてねぇ…」


せめて目を合わせて否定してくれよ狗


────────────────────────────────────


「ふふ、改めて女郎蜘蛛の蜜姫。よろしくね坊や」


あの部屋から出てしばらく、美月と名乗る

改めて見てみるが美しい。

出会った中で多分一番女らしく色っぽい

真正面から見れば多分、一番美人だと思う。


「惚れたかい?」


手元に扇をやってくすくすと笑う蜜姫

仕草の一つが水のように自然で美しく涼やかだ


「冗談はやめてくれ」


惚れるわけがない怖い女だ。

美しさと怖さを兼ね備えた女

正直相手したくはない。


「それで、なんで狗は蜜姫に会いに来たんだ?」

「修行」

「修行?」

「相棒と俺の」

「俺も!?」


初耳だ

聞かなかった俺も悪いが言わないこいつが100悪い。

つい、大きな声を出して取り乱した

落ち着くために出されていた茶菓子をたべる

上品な甘さのあんこと微かな花蜜の匂い。

ちょうどいい温度の茶で落ち着く


「蜜姫は俺よりつぇーんだよォ。指南にもなれてらァいつまでも俺も相棒も弱くっちゃァいけねェ」


弱くてはいけない

それはそのとおりだ。

狗は強いが最強でも万能でもない。

妖にしては強い”ほう”というだけで特別な存在ではない

龍種や鬼種のような生まれつき備わった強靭な肉体や妖力

知名度そういったものが備わっていない。

微かな神性は備わっているが言ってしまえばそれだけの妖なのだ


そして問題は俺だ。

ただの人間が妖殺しを振り回しているだけ

しっかりした型はなく体も発展途上で未完成

戦い方は学んだがそれは人相手に通用するものであっても

常人をはるかに上回ってしまう者には通用しない。

いつまでも狗の背後から待つだけ、不意打ちをするだけでは格好がつかない上に情けない。これはあくまでも俺の復讐なのだから。


「あらあら…私に死合稽古をつけて欲しいって…?」


笑う女

しかし、笑っていない

嗤っているようにも見える


「椿、あんたそんなに早死したいの?」

「死ぬ覚悟でやらねェと安倍晴明なんて殺せねェ。なぁ相棒ゥ」

「…そうだな」


腰にある刀の塚に触れる

俺にはもったいない刀。


「俺たちに稽古をつけてくれ」


今度は逃げずにまっすぐに見る

女も俺を見る

ジリジリと嫌な汗が出る

威圧感とは違う

相手の手のひらの上にいるような居心地の悪さ


数秒ほど無言が続く


パタンと、扇を閉じる音が無音を破り捨てた


「いいわよ。じゃぁ、稽古内容はただ一つ」


スっと扇を持った手を襖に向ける

小さな音がなり襖が開かれる

刀を抜き放つ音が聞こえた。

頭の後ろを狙っている。殺意の視線

体が緊急信号を鳴り響かせる

抜いて受け止めないと俺はここで…死ぬ…


咄嗟の判断

直感にも近い警告

刀を抜き放ち後ろから迫るそれを受ける


鉄と鉄がぶつかり火花が散る音


「その二人を倒せたらいいわよ」


ひどく楽しげな女の声が後ろで聞こえた


「丁寧なご挨拶どうも…!」


力任せに押し切り迫ってきた刃を振り払う

狗は横でパチパチと拍手をしている

そんな場合かよこいつ…!


改めて、入ってきたふたりを見る


一人は女

一人は男


俺に斬りかかってきたのは女

肩で揃えられた黒い髪同じ色の瞳

表情は無を貫いている。

刀を鞘に収めれば礼を一つ無駄のない動作で頭を下げた


狗と向き合っているのは男

背が高い。狗や俺より頭一つは高い

異国の者なのか頭が黄金色だ

瞳も若草色で珍しい。

狗に向かって手を差し出している

狗も手を出して握手…を、しているのだが狗の表情が一瞬強張る

表情に出やすいやつだが珍しい

初対面にここまで露骨に笑顔を以外を見せるのも


「よォ、色男ご挨拶じゃねェの」

「アハハ、君みたいな美人さんが稽古相手で僕も嬉しいよ」


静かな火花が散っていた

あっちのほうが嫌だ

握手を終えたようだ。狗の手を見てみると手が…

なるほど、馬鹿力。


「それじゃぁ、四人とも頑張って稽古をしてちょうだいね」


パンと手を叩く乾いた音が響く

死合稽古の始まりのようだ





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