第5話 艶やかな花の街


あのあと宿に帰って会話もなく布団に入って眠った

朝起きて湯浴みを済ませた。

汚れてしまった狗の衣服は何故か綺麗さっぱり元に戻っていた

壊れてしまった槍の変わりはないがなくても狗はまぁまぁ強い


荷物を片付ける

居場所がバレているなら襲撃を受ける可能性が高い

むしろ付けられている可能性の方がある

待っているぞと言われたら言伝にしては熱烈すぎる挨拶だった

刺客を乗り越えていかなければ安倍晴明を倒すなんて夢のまた夢だ


もっと強くならなくてはいけない

ぐっと拳を握る

が、焦っていても仕方がない

とにかく動いていたほうがいい。

京を目指すが俺は人間だ

きちんとした休息や飯がなければすぐに倒れてしまう悔しい限りだ


「狗、次は───…」

「花街」

「は?」

「花街にいくぞ相棒ゥ」


頭を抱えた

盛大に

なんだ?色度ボケか?発情期でも来たのか?


「あぁ、女抱きてぇわけじゃねェぞ」

「…じゃぁなんだよ」


ため息を吐き出しながらまとめた荷物を狗の影に落とす

狗の影は変幻自在、水のように滴ることもあれば

縄のように相手を縛る

体の一部に近いらしく肉体内部と繋げることもできるらしい

でかい妖はそうやって喰うと言っていた。


そんな狗の影は要は収納に便利だ

でかい荷物も。

限度があるらしいが俺一人分程度の重さと高さなら問題ないらしい


「親父さんの知り合いの妖がよォ、花街で客とってんだよォ」

「…妖が人間と…?」

「できるぜ」


狗が指を動かす 

叩いてやめさせた

不服そうな視線を感じるが気がつかないふりをする


「それで、花街はどこにある」


狗は笑顔になると

地面に指を向ける


おい…まさか



「地面の中♡」


────────────────────────────────────


カラスの鳴き声が空から降ってくる

街から離れて日が落ちてきた

随分と歩いている

俺も人間とは言えど妖に育てられてきた

普通の人間よりかは頑丈で体力も多い方だ


しかし休みなしで歩かされるといやでも息が上がる

狗はゆうゆうと鼻歌なんて歌ってやがる


森に入る

洞窟でもあるのだろうか

地下にはどうやっていくのか


謎と疑問は多い。

狗曰く「いきゃわかる」

らしい。

教えてもらわないと俺も困る…

幾度となく深く吐き出したため息

せめてわざとらしく聞こるように。


───…

気温が下がった

頬に触れる風に冷たさが交じる

そして、耳に水の音が響く

落ちている水の音


滝…?


先を歩く狗がピタリと足を止める

森が開け、広い場所へと出た


「うぉ…」

「すげェだろー」


目の前に広がっているのは大きな滝だ

でかい

落ちる水の音と飛沫がすごい

そこそこ離れているはずなのにここまで飛んでくる水に

手で顔を覆った


滝の音が大きくて狗の声が拾いにくい


「で!!ここが目的地なのか!?」


滝の音に消されないようにでかい声をだす

冷たいし若干寒いし何よりうるせえ

疲れもあってか苛立ちが積もる


「ここは玄関だよ」

「玄関!?!?」

「落ちりゃァ一瞬で花街だゼ」

「……おち…」


下を見る

当たり前だが広がるのは冷たく深い水たまり

どちらかといえば湖とか川に近い。


空を見上げた

広い空は茜色に染まっている

アハハ、暖かそうだなぁ~


数秒足らずの現実逃避もすぐに終わる

狗が俺の腰に腕を回す

そして合図もなければ覚悟も決まっていないのにあいつは

そのまま、地面を蹴り上げ高く跳躍する


「てめえええええええええええええ!!!!!!!!!!」

「善は急げだぜ相棒ゥ~!!」


楽しげに弾む声が今はただただ腹立たしくてたまらない

一瞬の浮遊感そしてすぐに体が水面にあたる衝撃

そして全身を包む冷たい水

直前まで叫んでいたせいで肺臓に空気は空っぽだ

苦しい…!

意味なく口を押さえて溢れ出そうになる酸素を逃がさないようにする


腰に掴まれた腕の感触がある


つまり、まだ俺は平気だ

狗がいるならなんとかなる……!




────────────────────────────────────


「…?!ここ、は…」


目が覚める

どうやら気を失っていたようだ

どこか知らない部屋

甘ったるい香

どこからか聞こえる三味線

猫なで声のような女の声

質のいい部屋と布団


「よォ、目が覚めたか相棒ゥ」

「…………何だその格好」


聴き慣れた声に安心と先ほどの苛立ち

声の聞こえた方へ視線を向けた

確かにそこには狗がいる

だが、随分と着飾っている


いつも無造作に流している藤色の髪は高く結い上げられている

花の髪飾りはいつも通りだが、新しく赤い簪が光っている

薄くだが化粧をしているようで口元の紅が艶っぽい。

高そうな着物が違う女に見せる


「女は化けるってェ言うだろォ」

「そんな趣味があったなんて知らなかった」

「あぁ?ちげェよ。しばらく働く」

「は??」

「うそだよ」

「てっめ……」


自然と拳が震える

一発殴ってやりたいがせっかく着飾っているようなので

拳を抑えた。

改めてあたりを見る

どうやた花街に無事についたようだ

狗も意味なく着飾っているわけではないだろう


「で、なんでその格好なんだ」

「あぁ、一応遊女じゃない女がウロウロすると目立つんでなァ」

「…つまり身分が高い者しかいないのか」


花街には女をさらってきたり買われてきたりと

幼い女の子も居る

身なりもそこそこズボラになる。

そのへんの遊女とは思えない

遊女とは別に女がいてもおかしくはないだろうが

このご時世ただの女が花街で歩いているとも考えにくい

となると、普通の女が花街にくる場合は誰かの付き添い

大方男の付き添いだろうが普通のやつはそんな意味のないことはなしない

金持ちはしてるみたいだけど


納得がいった

この花街はそこそこ、身分が高いものが通うらしい

漂う香も高いものだ

部屋の家具や布団の手触りを見てもそれは同然

こんな部屋気軽にガキを寝かせるために使っていい空き部屋じゃない


「相棒、察しがいいなァ。じゃぁ会いに行こうぜ」

「…会いに」

「あぁ、この花街一番の女によォ」

「……おい、会いに来た相手って一番なのか、妖なのに…」

「いやいや相棒、俺の姿もそうだが人間とそんなかわらねェ」


人型になるやつは相当強いんだよ…

ため息

もうため息以外で呼吸をしていない気がする


「なんて妖だ」

「蜘蛛」

「蜘蛛かァ…」


納得してしまった。


随分と体は休まった

用意された高そうな着物に袖を通す

刀を腰にさして、髪を結い上げる


「さて…じゃぁ、会いにいくか。この街一番の別嬪に」

「ヒュゥ~。男みせねェとなァ!相棒!」









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