第4話 狗神とは

暗い道を歩いていく

整備されている道は石ころひとつなく歩きやすい

だが、いつもより歩が遅い

血が滴る音

整備された綺麗な道を狗の血液が濡らしていく

呼吸が乱れているわけでもない

ただ肉体がよほど損傷しているのか


「おい、狗、お前傷」

「んぁ?ああ、この傷な、兎が噛んだ部分だけ治りが遅いんだわァ」


袴をたくし上げ噛まれた傷を見せる

一瞬嫌な汗が背中に伝ったが一度深い呼吸をして傷を見る

随分と深い、肉も多少えぐった…というか喰ったようだ


「つまみ食いされてるぞ」

「ハハ、今頃腹下してるだろうよォ」

「お前体液全部毒だしな」

「薬にもなるぜ~麻酔にだってなるんだからよォ」

「麻薬にもなるだろう」

「んなもん使い方次第だろォよ」


足の傷を隠す

兎…と狗が呼んでいる妖も似たような類なのかもしれない

狗は元々体力もあるし持久力が高い

それはこいつのいう肉体に流れる血液、毒とも薬ともなる呪いの権能によるものだ


傷の治りも群を抜いて速いはずなのにこの遅さ


「兎ってやつもお前のような毒を使うのかもしれないな」

「毒だったら俺が喰っちまう。チゲぇってことは薬だろォ」

「同じだろ」

「別だっつぅのォ。薬は活かす、毒は殺す。俺は殺すあいつは活かす。わかるか?」

「わからん」

「わかんねェなら、説明できねェ。また今度だな」

「…面倒くさがりめ」

「疲れてんだよォ、飯を食いそびれたしよ」

「人の飯で我慢しろ」

「ちぇ~!」


わかりやすく頬を膨らませて拗ねる

だが、飯の前に風呂だろうか

着替えだろうか

ともかく気がつかれないようにどう宿に帰るか

そのことで頭を悩ませる


お気楽な狗は呑気に欠伸をしている


「まぁ、相棒俺がどうにかするから問題ねェよ」

「あ?どうやるんだよ」

「とりあえず相棒…」

「は……うお…?!ちょ…あ?!」


狗に肩を掴まれたかと思うと引き寄せられる

そのまま一度手を離すとひょいっと抱き抱えられた

…そこそこ屈辱だ


「…なんでこの抱え方なんだ」

「姫抱きって人気だろ」

「それは女の話だろうが!」

「おっと相棒は男だったのか?」


ケラケラとわざとらしく笑って見せる

自覚はないが、自覚したくもないが

俺は女顔らしい。

髪も雑に後ろに軽く縛るくらいの長さ

だが、肩につかない程度だ。

体格や骨格が男のそれだが何度か女に間違えられたこともある

だがそれはチビの頃で今はそこまででもない


「”椿”…お前な…」

「おっと、名前で呼ぶなよ相棒照れるなァ」


軽い足取りで運ばれる

俺が歩くよりも早い

カランコロンと鳴る下駄

たまにチリンと鈴の音は花の髪飾りから聞こえる


「藤色の癖に椿かよ」

「椿は落ちるからなァ。俺にぴったりだ」

「はぁ?」

「狗神ってのは本来首が主体の妖だ。俺は所謂半端者なんだよォ」

「…?」

「…狗神っていうのは蠱毒の一種でな、呪具みてぇなもんなんだよォ。小さな世界の小さな檻である程度の”嫌なこと”を受け入れるっていうだけさァ」

「…?」

「…まぁ要はさ、なんでもいいんだよ。痛かったり恥ずかしかったり、苦しかったりどうしようもないことされるってだけだ」

「…お前の元は犬だろう」

「……シシシ」

「…?」


狗の声は静かだ

喋り方は変わらない

だが、どこかいつもと違う声の音

空気が肌を撫でる。冷たい


琥珀の瞳が憂いを帯びた気がする


「俺はなァ、首つながってんだよ」

「知ってるよ、当たり前だろ」

「狗神はそもそも首を落として初めて狗神になるんだぜェ。知らねぇか」

「……首が繋がってるってお前…」

「まぁ半妖だよ。首落ちりゃァ一人前だァ」


タッタッタと軽い足の音

俺を抱えているとは思えない足取りの速さ

気軽な速度


「…お前って何なんだよ」

「狗神さァ」

「………」

「今はこの答えで勘弁してくれ神無月。お前が自分のことを妖しの子というように俺にとって狗神であるっていうのは大事なことなんだよ」


いつもの軽い口調なのにどこか泥のような重たさを感じる

どうしようもない重み

諦めが混じったような深い音

こんなにも軽い足取り

どこまでも、どんな場所にでも行ける体を持っているくせに


「そういえばお前、性別どっちなんだよ」


適当に話題を変える

自分でも気遣いが下手くそだと実感している

こういう時おしゃべりな狗になんていうのが正解なのかわからない

だが、狗がそういうのであればこの会話はこれでおしまいだ

広がることはない

だが無言になると俺が居心地悪くてたまらないのだ


「シシシ…布団で試すかァ?」

「死んでしまえ」

「ひでぇ~なぁ~!相棒ゥ!」


いつもの気軽さに戻った

声に軽薄さが戻る

薄っぺらくてどうしようもなく妖しらしい狗

それでいい

半妖だろうが元がなんであろうかはあまり関係ない



夜に浮かぶ月を見る

どこまで行っても遠い。


───人と妖は相容れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る