第3話 獣

目を覚ます

知らない天井

そこそこ質の良い布団

緩く温かい、火がついているのか

霧がかったようなゆるい頭を振って目を覚ます


「よォ、起きたか」

「…時間はどのくらい経った」

「3時間程度だなァ」


狗が懐から懐中時計を取り出す

そんなの持っていたのか


「そんなの持ってたのか」

「陰陽師から貰ってきた」

「…」

「妖気や陰気はなかったぜ」

「…じゃぁいい」


厄介なものを拾ってきたのではないかと思ったが

狗がそう断言するならばただの時計だろう。

そこそこ良さそうなものだし所有者もこの世を去った…

いや狗の腹の中で溶けている頃だろう

折角なら貰っておいてもいい。

上体を起こす。

腹が減った。


机の上に目をやると飯が置いてある


「どうしたこれ」

「買ってきた」

「…」

「追っては喰うし、人が多い場所だと静かにしてたぜ~」

「…」

「約束したことは守るよ俺はァ」

「…はぁ、次から一人で出歩くなよ」

「ちぇ~つまんねぇよ相棒~~!俺も花街とか行きてェ」


ごろんと横になりごろごろと部屋の隅から隅まで往復する

ガキかよ。

駄々をこねる子供のように転がっている狗を横目に机に置かれている食事に手を付ける。味付けが濃い。山では基本焼くか煮る、塩か砂糖の味付けだった。

なるほど…人が作る料理はこんな感じなのか…。


「うまいか?」

「あぁ、うまい」


白米がいつもより進む

狗は基本人間の飯を食わない

狗曰く、人の食事を摂取する妖しの方が少ないらしい

元々違う種族の食物だけあって違うらしい。

親父や狗はたまに食べているところ見たことがある

酒とか酌み交わしながら餅とか食っていた。


不意に、狗が立ち上がる


「…相棒」

「…好きにしてこい」

「愛してるぜ~!」

「俺は愛していない」


わかりやすいやつだ。

窓を開け放つ、宿は二階の部屋を借りておいて良かった

槍を背負ったまま窓に足を付けそのままぴょーんと跳躍して器用に木の枝に乗っていく。そこからもう俺の視界じゃ見るのも難しい。


器に口をつけてズズっと汁をすする。

うん、うまい。

あいつの飯は自分でどうにかするだろう。


一人美味い飯を食いながら狗の帰りを待つ事にする。




────────────────────────────────────


獲物の匂いだ!

わざわざ風上に居やがる。

罠、多分誘われてる

それでも飯が居るっていうんだったら行かない訳にはいかない


風を切る音が聞こえる

夜風はない。

雲もない、月は…まぁ、見える

そうじゃなくても街は光が多い


走っていく。


───…こんな場所あったのか。


走っていった奥は大きな湖があるだけの場所

湖を木が囲むように連なっている

そういう作りなのだろうか。


人の手入れがされている形跡がチラホラと見える

人工物か…

そこそこ高い位置にあるんだけどなぁあぶねェあぶねェ


「おいいつまで見てやがる。降りて来いよォ」


匂いがする。瘴気だ。

妖が居る。一体、舐められたものだ。

俺相手に一匹で十分だと判断されているとはな…。


「あらぁ~、見つかっちゃいましたか…」


高い声、作ったような自らを可愛らしく魅せる声が聞こえる

響くようにあたりにしばらく木霊する。

しばらくして目の前の木が揺れてストンとその木の根元にナニカが居りてくる


亜麻色の長い髪を風になびかせている。

人型…しかし人ではないと一瞬で判断できる

本来あるはずのない頭の上に兎の耳がぴんと立っている。


「兎かよ、喰いごたえもねぇ」

「あらやだ、野蛮なわんちゃん…首輪つけてないと吠えられないのに…」


やたらと丈の短い着物、ふんわりとした帯

カワイイを詰め込んだような花柄。それに似合わない無骨な二本の刀

大きな帯から扇を取り出し口元を覆いクスクスと馬鹿にしたように笑っている


「口がうまいのは弱い証拠だぜェ」

「あらぁ~それはどうかしらね」

「…!」


声が背後で聞こえる

ぴたりと背に密着された

…油断してないつもりだったんだけどなァ。

肩に置かれた細い指に力が入る

骨が嫌な音を立ててきしんでいる


「はっ可愛らしい顔に似合わず怪力じゃねェか」

「わんちゃんが貧弱なだけかなぁ~?」


コイツ…


煽りは冷静さを欠かせるため

わざわざ背後を取って話しかけているのは

自分はいつでもお前を殺せるという示唆


ゴリっと硬いなにかが腰にあたる

扇は鉄扇だったか…


槍は抜けない。


「…そんなに密着されたら照れちまうなァ」

「……」


手をパンと合わせる


「狗神式-縛- 浅沼呪縛」


術を作るのには必ずしも工程がいる

印を結ぶみたいな

俺は単純明快”手を合わせる”


瘴気が溢れる

黒い水がぴちゃんと地面に触れ落ちる

そして円を描くように広がる

これは呪縛術、足を入れれば飲まれる


狼狽えたかのような息が聞こえる

だが、流石兎といったところか

俺が手を合わせて術を完成させるその合間に

俺を押して距離をとりその場で地面を蹴りあげて跳躍

一気に距離をとった。


「おいおい、初だなァ?」

「…経験豊富じゃなくて…」

「嘘つけ、お前臭うぞ」

「…何を」

「男の臭いだ」

「……!」


随分愛らしい容姿だ

大きな瞳は吸い込まれそうなほどだ。

化粧も上手い

自分をどう魅せるかわかっている化かし方

丈が短いから驚いたが骨格は大体男のそれだ。

さっき密着されたときなかった女の柔らかさ

甘ったるいくらいの香水



「おっと図星突かれて怒ったかァ、わりぃわりぃ」

「お前…!」

「可愛い顔が台無しだぜェ、僕チャン」

「殺す…!」

「ひゅ~!怖い怖い!」


跳ね上がりこちらへ接敵する

空中で器用に刀を抜き放つ

抜いたのは一本。

上空からの落ちる勢いを利用して体重をかけての一撃


「ウォ…!」

「貧弱め…狗如きが…!」

「お前が馬鹿みてぇに力がつえーんだよ!兎野郎!!」

「ハッ…いい足場だね…!」

「っぅ」


足元は俺の沼で広がっている

踏み込まないと思ったが空中で来るか

一撃離脱

重たい一撃を俺に与えると同時に俺の体を踏み台にして跳躍

兎の跳躍力がねぇと無理だなこりゃ。


この術の悪いところは俺が中心地から動けないこと

この沼は範囲の応用ができるが俺が中心にいないといけない。

知ってか知らずか、いや俺が動いてこなかったから確信してる動きだなあれ


「どうしたのかしら!追ってこないの!?」

「っ…美人だったら俺も寝屋まで誘い込むんだけどなァ…!」


一撃が重たい。金属が触れ合う音が何度も響く

槍から伝わる振動が地面にまで響く

ちょっとした岩投げられてるみたいだなコレ


分が悪い。

だが、普通に戦ったら力負けする。


「そこぉ!!!」

「っっ…べ!!」


戦いの最中の思考の隙間

油断とは違うその一瞬を突かれる

横薙ぎの強い一撃

槍で咄嗟受けるもバギっと砕ける音が聞こえた

それとほぼ同時に衝撃が体を突き抜ける


さっきとは違う風を切る音

そして体にあたる木の感触


強い衝撃が背中にあたる

いや、あたったのは俺か

肺臓から一気に空気が抜けてカハっと情けない音が漏れる

それから思い出したかのように体が酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す


起きねぇとな…


足に力を込めて立ち上がろうとする


影ができる


「おいおい、早いなァ」

「減らず口ね」


兎が俺の胸ぐらを掴む

喉が圧迫されて苦しいが別になんてことはない

そのまま持ち上げられて地面に叩きつけられる


「っぐぁ…ァ…は」

「大したことないわね」


土と血液で随分と服を汚しちまった

怒られるなコレ


他愛もない思考


腹の上にどかっと兎が座る

「重てぇよ痩せろ」

「あら失礼」

「随分悠長じゃねェの」

「お楽しみタイムなのこれから」


刀を収める兎

殺意はない。

悪意のような感覚も感じ取れ話ない

なんだ…


「あんた顔はいいのよね…」


顎に手を置かれて兎と顔を合わせられる

大きな瞳は橙色。夕焼け色


「それに…」


兎の手のひらが腹の上に置かれる

いやに熱い手のひらだ

そのまま腹を撫で、横腹をくすぐり腰を持つ


「…?」


なんだ?なに?何をしている


思考が理解できない行動に動揺が隠せない

体を撫でていた手のひらが足を掴むと兎の肩にそのまま乗せた


「…?」

「ここまできて理解できないの…思ってる以上ねあんた」

「は?殺すならさっさと…ッィ…!」


持ち上げられた足

太ももの内側を思い切り噛まれる

牙が刺さり肉に食い込む


「ん…まずいわね。あんた」

「ッ…は、呪いの塊なんでね、俺を喰うなら腹壊すぜ?」

「喰うのは食ってからよ」


流石にまずい。

この体制だと俺のほうが弱い

体がやっと回復してきた

折れた骨の修復が終わった

妖は総じて化物だ

作りが違うから傷はすぐに修復される。


「…ち、あんまりやりたくなかったぜ…」

「あら、とっておき?」

「あぁ、切り札……なァ、相棒」

「…?───!!」


月の光を受ける赤い髪は燃えるようだ。

息が荒い走ってきたのか悪いなァ。

抜かれた刀の刀身は蒼い

美しい色だ。


妖殺しの刀 刹那


その刀が兎を切り払おうと振るわれた

だが兎は瞬時に理解してか理解せずかわからないが

刀で受ける前に俺の上から飛び退いた


「…分が悪い…か。残念、つまみ食いしたかったのに」

「狗を喰うってか。ゲテモノが趣味か?顔に合わない趣味だ」


刀の切っ先を向け油断なく構える相棒

頼もしい限りだ。


「……どうかしらね、それじゃぁ、京で待ってるわよ。狗神さん。神無月さん」


ゆらり

陽炎が揺らめくような

その一瞬に目を奪われる


───瞬きの合間に兎は消えていた。


「あー死ぬかと思った」

「油断したなお前」

「悪かったよ相棒~」

「お前に死なれると困る」

「わかってるって~」

「…てかお前、槍」

「あ」


ボロボロに砕けてしまった黒い槍

これはもうどうしようもない。

新しい武器を調達するか


「…京による前にいくらか調達できるだろ」

「あーあー気に入ってたのに俺の黒丸」

「安易な名前だな…」


その場を離れる

傷はもうない

問題は服ださてどうしたものか

先を歩いていく相棒を追いかけるように足を早めたのだった


────────────────────────────────────


月が影をうつす


湖に映し出された鏡のようなゆらぎ


そこに一瞬、ゆらめきに隠れたが確かに

黒い男がいた───

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