第2話 旅の道


山道が開ける

月はすっかり鳴りを潜めてしまった。

朝日の眩い白が見え始める

目を少し擦って眠気と強い光に耐える。


「相棒~付いたぜ…街だ」


狗の声が横で聞こえた

ゆっくりと目を開ける

高い建物と広い道

溢れかえる人、人人

たまに走る…車…と呼ばれる鉄の箱


情報量の多さに一瞬目眩と興奮をした。

ガラにもなく初めて見る街に気分が上がった。

つい口調が弾む


「…すごいな…!都会…」

「山育ちのお坊ちゃんには危ねェけどなァ」


大きな口を開けて欠伸を一つする狗

珍しいものではないようだ。

そして山育ちを馬鹿にされた


「……宿を探すぞ」

「へいへい」


山を抜けきり陰陽師の襲撃を受けて肉体的にも精神的にも

知らないうちに披露は溜まっている

せっかくなのだから布団に風呂も入っておきたい

休めるうちに休んでおかないといけない

ただでさえ狗は目立つ

──────────────────────────────


人がすごい

山道から降りて大通りを歩く

溢れかえる人、常に誰かとぶつかるようだ

朝でこの多さ。


「手ェ繋いでやろうか?」

「馬鹿にするな」

「シシシ…怖い怖い…」


軽く笑いながらあとを付いてくる狗

チリンチリンと鈴の音が鳴る

近くで聞こえているならば問題はない。


宿はすぐに見つかった

大通りからは少しそれて川沿い

可もなく不可もなく

普通の宿だ。


店に入ると女将が出迎えてくれた

玄関も綺麗にされていて手入れが行き届いている


「この度はうちを選んで下さりありがとうございます…」

「いや、構わない、3日ほど宿を取りたい、大丈夫か?」

「問題ありません、部屋はどうされますか?」

「一部屋でいい」

「朝食等は」

「飯は外で食べる。問題ない」

「畏まりました。では…」


そう言って先に金を渡す

靴を脱いで上がる。

狗は大人しく付いてくる

人前ではあまり口を開くなといっている

退屈そうに自分の花の髪飾りの位置を調整しながら付いてきている


部屋に通される

まぁ、普通。


女将は部屋の案内を済ませるとすぐに出て行った。

獲物については何も触れなかった。

女将の視線は一度俺の腰の刀と狗の背負った槍に向けられていた

だが、何も言わずに通した。


そういうものが多いのだろうか。

都会になるにつれて人は多くなるがその分狡猾な妖も増える

自衛の手段として下げていることも珍しくはない…か。


そう考えていると不意に狗から声が掛かる


「なぁ相棒、これからどうするんだァ」

「京へ行く」

「京かぁ…」


狗の声が落ちる

それもそうだ、京は陰陽師の根元、城だ

そして位、安倍晴明が居る場所。

京に住む妖者は、土蜘蛛や酒呑童子、九尾…他にも名のある妖で溢れている

狗の知名度はここ四国であれば…まぁ強い方、だ。

疫病や、病、呪いや負の感情があれば狗は力をつける

京も人が多い。狡猾なものも

だから、負けることはあってもいい勝負をするだろう。


「負けるか?」

「…土蜘蛛ならギリ勝てるが3日は確実に寝込む。酒呑童子と九尾は無理だな、見かけたらお前をつれて逃げるしかねェ」

「…驚いた、勝てないのか」

「位がチゲェよ、生きてる年月も喰らった人間もなァ」


狗は、巫山戯ているように見えて嘘はつかない。

誠実とは違うが、自分の思ったことや考えたこと、知っていることを誰かに話す時は

狗は嘘をつかない。

だから、狗が負けるといえば負ける、勝てると言えば勝てるのだ。


「…九尾や酒呑童子…鬼が向こう側につく可能性はあるか」

「ねぇな。生粋の妖もんだァ、人間に媚売って仲間になるなんてありえねェよ」


立ち上がってやかんに水を入れて火をつけて湯を沸かす。

暖かい火を囲む

ぱちぱちと木材がはじける音がしばらく響く


「相棒、俺やお前の親父さんは珍しい方だ」

「…わかってる」

「わかってねェよ」



無言で話を促す。

姿勢が自然に正される

体のいたるところに力が入る


琥珀の瞳を見つめる。

上手く感情が読めない、ガラス玉みたいな瞳


「妖っていうものは基本人を喰う。食料相手に優しく育てるなんてよっぽど酔狂なやつだァ」

「…」

「お前の親父さんも俺もな。俺はまぁ…面白かったら喰わないし、約束があれば果たすさァ」

「…俺はお前にとって面白いやつなのか…?」

「おもしれぇよ。妖のために陰陽師殺すたァ人間のやることじゃねぇよ」

「…俺は妖の子だ」

「…そうだったな」


狗はなにか言いたそうに言葉の最初に沈黙を置いたが

何も言わずに肯定の言葉一つ呟いただけだった。

やかんから湯気がでる。お湯が沸いたようだ。

狗は夜間のお湯を急須に入れて少し混ぜる。

置いてある湯呑にお茶を注いだ。


「まぁ飲めよ、疲れてんだろォ」

「…」


軽く頭を下げてお礼を一つ

湯呑に手に取り熱いお茶を飲む

喉に熱いものが流されていく


「なんでお前は俺の味方をする」

「最初に言っただろォ、親父さんとの約束だよ」


湯呑を両手でもってふーふーと冷やしながら飲もうとする狗を見る


「…親父って強かったのか?」

「俺が2人居てギリ勝てるかなァって感じだな」

「……強いな」

「…ァア、銀は強かったぜ…」


窓の外を眺める

雀が飛んでいる。

穏やかな晴れた日の空


綺麗なものをみているはずなのに狗の瞳は陰る


「なんで親父と仲良かったんだ?」

「あぁ~…まぁ、もう覚えてねェが…俺がまだ生まれたてのチビの時世話してもらってんだよ…ガキ好きも変わらねェ」

「…そうか…親父は…そういうやつだからな」

「あぁ、こっちが困るくらいのお人好しでさァ」


過去に思いふける


温かいお茶を飲み干す

少し渋い。

淹れ慣れていない。


親父は狐だった。

人の言葉を話す優しい。

四国の森一帯の妖を統べていた。

妖は人を襲う。

仕方がないことだ。

だが親父は人にも優しかった。

子供には特に。

化けるのがうまくて人里によく降りて狗が小言を言っていたのを思い出す

俺といるときは気遣ってか人の姿だった。


俺の赤い穢の髪と瞳を太陽の色だと

素晴らしいものだと言ってくれた。


懐かしい思い出が胸をしめる

妖も悪いやつばかりじゃない。

人を襲わないものもいる。

付喪神とか座敷わらしとかそういった類の、人を幸福にするものや

人に感謝をして生まれている妖もいる。


温かい。

あたたかい家族だった。


「…おい相棒、寝るなら布団敷くぜ?」

「…!」

「お、わりぃ」


不意に肩を揺さぶられて反射的に手を払ってしまった。

狗は気にした様子もなく立ち上がれば机を隅へと置いて

布団を二つぴったりとくっつけて敷いた


ぴったりと


「おい」

「なんだ?」

「なんでくっつけた」

「そりゃぁおめー、駆け落ちした若い男女♡のなりすまし」

「部屋の中でやる必要性はない!!どけろ!」

「きゃぁ~ひど~い」

「変に甲高い声を出すな気色悪い」

「ひっでぇなぁ!相棒!俺の見目はまぁまぁ良いほうだゼ!」


確かに見目はいい

スラっとした体躯

手足も長い

透き通る藤色の髪に光を受けると蜜のように艶かしく輝く瞳

薄い唇は桃色だ。


「中身はゲテモノすぎる」

「ひっでぇなァ!!」


拗ねたように腕を組んでそっぽを向いた

年相応の少女のように見える。

が、騙されてはいけないあいつは100年くらい余裕で生きている


「ったく…わかったよォ」


ため息を付けば狗は布団をずるずると引き離した

まだ日は高いが山を降りてきた疲れか横になると睡魔が襲う


「…おやすみ相棒、せめていい夢を見ろよ」


暗くなった視界とゆるくなった脳みそに届いた声は

案外穏やかな声だった。


そこで俺の意識は一度、泥に沈んだ




──────────────────────────────

煌びやかな都

美しく幻想的 貴族の街

その中心の大きな屋敷、その奥の部屋

暗い、光の届かない部屋はロウソクで満たされている

不安定に揺れるロウソクの光が部屋を照らしている

男が居る

黒い装束を身にまとっている


「おい、狗神とそれを連れてる男の足取りは掴めたのか?」

「…いえ、まだ。送った者も帰ってこず…」

「…捕まえろ、どちらもだ」

「…ハッ!」


黒い装束に身を包んでいる男

黒い短髪に黒い瞳、この世の黒を身に纏う男だ

丹精な顔立ちはどこか影を帯びている


「あぁ、待っているぞ。待っているぞ…早く来い」


口元を三日月に釣り上げる男


「安倍晴明が…待っているぞ…」


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