旅路

YOU

第1話 旅の道


長い山道を歩く

夜が深い。

木の葉が風で揺らぐ音がどこか不気味だ。

まるでなにかの呼び声のように卑しく響く。


大正の時代。


豊かな繁栄と煌びやかなものだけに包まれてはいない


この世には妖が存在する。

卑しく下劣で人に害をなす人ならざるもの

姿形、それぞれ名を冠するものは凶悪だ。

…もちろんそれだけが全てではない


それに対抗する機関として陰陽師が存在する

安倍晴明をはじめとして。

随分昔の人だがずっと続いていき陰陽師として

最高の位のものに名として代々預けられてきた勲章のようなもの


それら全てを「安倍晴明」と呼ぶ。


陰陽師は夜に混ざりやすい色の黒装束を着て現れる

顔は基本見せない。

見せるものはよほど自信がある実力者か馬鹿だ。


横で鈴の音がなる


「おい、その音やめろ狗」

「おいおい…ひでぇじゃねぇか相棒。首輪外せってのかァ?」


牙を見せて笑う横の少女もどきは自分の首に巻いているものを指差す

藤色の髪は夜で目立つ

琥珀色の瞳が夜の中光ってゆらゆら揺れて蛍のようだ

愛らしい声とその容姿には全く似合わない口調


「なんでそんなものつけてるんだよ」

「シシシ…お利口さんな飼い犬って感じだろ?」


無造作に背負った槍の先を意味なく突っつきながら

首をかしげる


コレも妖だ。

今は一応式として扱っているが基本的に使役していない。

下駄の音がカランコロンと響く

山道なのに疲れを感じさせない足取り。


「疲れたならおぶってやるぜェ?」


からかうような口調

いや、常にこの口調なのだが。

妖とはいえ女に運ばれる気はない。



「イイ」

「初だなァ。ま、でも外套はしてろよォ。相棒の髪は目立つ」

「わかっている」


俺の髪は赤い

穢の色だと小さい頃に捨てられていたらしい

赤い瞳、赤い髪

穢を背負って生まれたのだと。

そのまま森に捨てられた。


幼い俺を拾ったのは妖の狐だった。

妖にも種族があり性別があり、何より個である。

ゆえに性格もそれぞれだ。

妖は人を食う

だが、食わない者も存在する。

そして、優しい者もいるのだ


俺を拾ったのは狐の妖だった

金色の毛皮が暖かくて綺麗だった

人間の言葉を流暢に喋り、言葉遣いには確かな学が感じられた


俺に武器を振るう知恵

困らない教養と文字の読み書き

普通よりも良い暮らしをさせてもらった、と思う


妖は凶悪で害ある、否定しない。

現に人を食らう狗が横に居る

視線を狗に向ける

狗は楽しげに軽い足取りで道を進んでいく。


が、足をピタリと止める


「相棒ゥ~お客様がいるみたいだぜ」

「…早く言えよ」

「気がつかないもんだなァと思って見てたんだよ。怒んなって~俺がやるか?」


背負った槍に手をかける

ため息を一つ

夜の山で良かった

これが街中なら俺たち二人はバン!っとやられておしまいだ

いや俺だけがおしまいだ。


狗が吠える

音の振動で木々は大きく揺れ動く

が、数秒のうちにピタリと止まる。


「相棒はどうする?」

「…好きにしろ。こっちまできたのは俺が殺す」

「シシシ…飯か?」

「好きに喰え」


狗は黒い槍を構える

全てが黒い。

刃も刃こぼれがひどい、が斬れる


狗の体から黒いモノが溢れる

瞬間、体が悲鳴を上げる。

醜悪、呪い、死、疫病、痛

そういったものに対する純粋な恐怖

胃袋が縮み上がって胃液が這い上がる感覚

足元が崩れ落ちるかのような意味のない深いナニカ


チリンと、鈴の音が遠くで聞こえた。


───────────────────────────

今日はいい夜だ。

月が明るい。敵がよく見える

夜に溶ける黒い装束も俺には関係ねぇ


「匂いが漏れてんだよォ…!」


歩を進める

木々の隙間に人が見える。

陰陽師。

顔は紙に隠されて見えないが纏うソレが自らを証明している。


雑に、大ぶりに、ただ力任せに槍を振るう

音が斬れる

そして風が舞う。

数秒遅れて木が斬れ倒れ落ちる


「ん~…今ので死んでりゃァなぁ…」


匂いがする。

血の匂い


トンと、軽く足を進める

あぁ、いい日だ。

いい夜だ。


「~♪」


鼻歌までもが出てくる

血の匂いは近い

だがゆっくりと歩く

人の恐怖は俺の餌だ。


俺は呪いの獣

呪いと疫病を司る子孫繁栄の神

狗神式

まぁ、ただの妖だが。

名前は呪いという縛り

そう名付けられたならそういうあり方をするのが妖というものだ


人々が畏怖をこめ、崇拝をこめ、感謝をこめ、恐怖を詰め込む


それが名前というものだ


「なぁ、お前一人か?」

「……」


木の下にうもれている黒装束にしゃがんで声をかける

反応はない

お得意の死んだふりか。

槍で突っつく、痛覚による信号への反応がない。


「ありゃま、死んだのか?」


あまりのあっけなさに声が出る

つまんね~。

あたりを見ても人間の反応は相棒一人

外れか、

黒装束に手を掛けようとした時後ろから空を切る音が聞こえた


「お?」


振り返り槍で空を切ったものを受け流す

巨体、斧、赤い肌、わかりやすい角

好戦的で威圧的

わかりやすい恐怖の象徴


受け流せなかった衝撃が腕にくる

痺れを流すために腕を軽く振った


「おいおいおい~!鬼じゃねぇの!…あぁ、首輪つきか」


陰陽師が最期にいい贈りもんをしてくれた。

鬼か

鬼だ!

鬼はいい。

強い、硬い、まずい、


「……」


意思の疎通が取れない

大体の妖しはこうやって縛る

名を取られて個としての象徴を剥奪される。

鬼や狗神は種族名だ。

個の名前は基本的にあかさない


だがコイツは違う

あかした上で取られてしまっているのだ。

おかわいそうに、地面を蹴って跳ね上がり木の枝に足をつける


「ァ…ガ…ァ!」

「なんだよ喋るならちゃんと声にだせ…よ!!」


木の枝から跳ねる、衝撃で枝が折れてしまった申し訳ねぇな。

勢いをつけて槍を振るう。

もっていた斧のようなもので弾かれる

硬いな。

槍での対処は無理か。

思ったより反応がいい。のろまじゃねぇな。


鬼の動きは基本的に構築された動きに近い

近づくと大ぶりな斧によるなぎ払い。

近づかないと基本的に索敵をする。

こちらからの攻撃には受けまたは攻撃を返す

まぁこのあたりか…。


槍を背負う


「武器勝負なんてまどろっこしいのはやめだやめ!!」


鬼を前に声高らかに

遊ぶんだったらもっとふざけなくっちゃァ申し訳がねぇよな…!

笑顔を貼り付ける


心地がいい

殺意を肌で感じる


手を合わせる


「狗神式-怨- …”頂きます”」


単純かつ簡単。

妖は力をつけると自分を象徴する術を使える。

俺の場合は呪いや病に関することそして

”喰らう”こと。


手を合わせて食材に感謝をするお呪い。


「───」


影が伸びる

月が綺麗でよかった。

あぁ本当に

影が鬼を縛る。

そして、ゆっくり影の中に沈んでいく。

沈んだ場所から骨が砕ける音がする


咀嚼音


「んー…大味、そこそこまずい!67点!」


ぺろりと舌をだしてごっくんと飲み込む

血の味が薄い、呪いの気配もない。

位もまぁまぁ安い。


鬼の体はもう半分もない

助けて欲しそうに伸ばす手を掴む


「おいおい握手がしたかったのか?可愛いやつだなぁ!」


掴んだ手をぎゅっと握って


「じゃぁごちそうさま。お前まずかったぜ」


手を離した。

影に全て埋もれた鬼。

跡形もない。


踵を返す、まだご飯が残っている。

黒装束の元へいく

いわばデザートだ。


「お、いたいた!」


木を雑に剥がして布を破いていく

男か、欲を言えば女が食いたい。

だがまぁ、悪くはないだろう

手を合わせる

食材に感謝を込めて


「頂きます♡」



───────────────────────────


「おせぇよ」


大変食事を楽しんだ様子の狗を見る

怪我は特別ないようだ。

負けるとも思っていなかった


腰に下げた刀に触れる


「おい相棒、背後がお留守だゼ」


目の前にいたはずの狗の姿は瞬きの間になくなり

後ろから生暖かい感触と温度を感じる

柔らかいはずの女の体は嫌に気持ち悪い

首筋を撫でる藤色の髪と息に血の気を失う。


どれだけ、

どれだけ、美しく愛らしく、鈴の音を響かせようとも

コレは醜悪で、害ある、人を食らう化物だ。


刀に置いていた手をそっと下ろす


「いいこいいこしてやろうかァ?」

「触るな、さっさと来い。街へおりる」

「ハイハイ。ったく俺の相棒は気分屋だなァ」


ふわぁとあくびをしながらつまらなさそうにあとを付いてくる


「うるさいな、いいだろう。街の陰陽師は全員殺す。だから、喰っていいぞ」

「……いや~変わってんね~相棒」


そう、俺の生き様これからすべては復讐に使う。

あの日、あの夜、あの月のしたで俺の親を殺した陰陽師を


位”安倍晴明”を俺は殺すのだから。




───序───



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る