謎の生物「ムマ」は存在していた

ネコ エレクトゥス

第1話

 毎年暮れが近づくと花屋に並び、赤い葉っぱで目を楽しませるポインセチア。去年枯れかけて安売りしていたのを買ってきた。それが冬に葉っぱを落としたかと思うと春には新しい葉を出した。それで今年の暮れはもう買わなくていい、得をしたと思っていたら、葉っぱが色づきだしたと思たらすぐに落葉してしまう。どうも花屋のようにうまくいかないらしい。おかげで今年は緑色の葉っぱのポインセチアを楽しんだだけで終わりそうだ。しかし歳を取ってくると植物が部屋にあるってのはありがたい。


 幕末にヨーロッパ人医師シーボルトが長崎で日本人絵師に描かせたという植物画、ヨーロッパ人的に言うとボタニカルアートが残っている。写真のない時代における植物図鑑のようなものだ。その絵を集めた図版を数年前に古本屋で買った。当時の日本人絵師たちのボタニカルアートという新しい分野への好奇心、そして「科学的」という別の視点から見られた植物への興味、そして何よりも日本人独特の情緒をもって描かれた絵の質の高さ、当時の絵師の層の厚さにただただ感心するばかり。その本をあの時3500円で買って、何でこんな本にそんな金を払うんだろうと思ったが、今となっては安かった。

 ところで梅の描かれたページを見てて気づいたのだが、学名が「Mume Prunus」となっている。ということは梅の名前で知られているあの植物は世界標準では「ムメ」と発音されるのが正しいらしい。何でそんなことになったのか。

 シーボルトをはじめとする当時の長崎の外国人たちが単に聞き間違えたのか。それとも実際に日本人が「ムメ」と発音していたのか。でなければウとムの中間音のようなものが存在していたのか。

 そこで思い出したのだが僕のじいさんやばあさんのような世代の人たち、大正時代の頭くらいに生まれた人たちの中には馬を「ムマ」と書く人たちがいた。だとすると梅も「ム」の音、でなければ限りなく「ム」に近い「ウ」で発音されていたのではないか。当時の日本人にとって「ムメ」も「ムマ」も間違いではなかったし、シーボルトが「ムメ」だと思ったのも偶然ではなかったのだろう。

 「ムマ」は確かに存在した。


 では楽しい連休を。

 



 

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