第38話 学内交流戦、開幕
先生には失礼な態度をとってしまったな。
そう思いながら、ネオンは夜道を一人、歩いていた。
僕には兄がいる。
それも普通の兄ではない。これ以上ないくらいに優秀な、そんな兄だ。
生まれてからずっと比較されてきた。そうなる運命だったのかもしれない。なにをやらせても一流レベルでこなす兄を見て、純粋に尊敬の気持ちを持つようになった。
才能というのは残酷だ。
あれほど優秀な兄がいたら、自ずと弟にも期待の眼差しが向くのは必然だったのだろう。だが、兄のようにはいかず、全てが中途半端に終わってしまう僕を見て、周りの態度は酷いものになった。
周りから失望された。
それ以上に自分の才能に失望した。
『目障りだ、なにもせず大人しくしていろ、愚弟が』
兄からの言葉だ。
兄には一生分からないだろう、この気持ちは。周りから蔑みの目で見られ、ずっと生きてきたんだ。
力がほしい。
誰にも負けないような、馬鹿にされないような、圧倒的な力、才能。
「くくく、若き才能のある者よ……力がほしいか?」
「ッ……だれだ!?」
その見た目は、黒の外套を頭までかぶり、等身大程の大きさの杖を支えにして立っているような、怪しいを具現化したような老人だった。
いつもなら一蹴していただろう。しかし、精神がネガティブになっていたことも災いし、その場の僕は相手をしてしまった。
「分かるぞ。その目、自分の才能に絶望したときの目じゃ……、よほどの天才を前に傷心しているといったとこか……?」
「……だったらなんだ、あなたには関係のないことだろう?」
「強くなれる方法があると言ったら……?」
「……そんな簡単に強くなれる方法など、この世に存在しない!」
「あるとも、この薬を飲む、ただそれだけじゃ」
そうして、老人の手にひと瓶のポーションのようなものが握られていた。
その色は禍々しく、とても正気では飲むなんて考えられないような代物だった。
「強制はせん……。ただ、自分が欲したときに、それを飲めばよい……、きっと、助けになってくれるじゃろうて」
「……」
無言でそれを受け取る。
なぜそれを受け取ったのかは自分でもよく分からなかった。期待したのだろうか。分からない。
「……そんな事より、貴様はだれ──だ……」
老人の方を向くと、そこにはすでに誰もいなかった。
緩やかな風が、妙な不気味さを醸し出していた。
◇ ◇ ◇
時は流れ、学内交流戦当日。
その日は学園が大いに賑わっていた。
「すっげ、こんな賑やかになんのな! お! あの屋台知ってんぞ! おいエル! いこうぜ!」
ドールの大きな声が耳に届く。
たしかに、周りには有名な商会の店舗や、定評のある名店などがこの広い学園の敷地内にずらっと並んでいた。
「ここの学園の三大行事の一つだからね。祭り沙汰になっても不思議じゃないよ」
カインがそう説明してくれる。
この学園の三大行事──この学内交流戦に、世界交流戦、そして文化祭という三つがこの学園の三大行事となっていた。
世界交流戦とは、文字通り、ハイザル王国以外にある他国の学園との交流戦である。
国としての面子やいろいろ混ざりあって、なかなかにシビアな戦いになると聞いたことがある。
文化祭とは、前世でも存在したあの文化祭と大差はなく、各クラスごとに出し物や出店を開くそうで、個人的に楽しみにしている行事の一つだ(前世での文化祭など、楽しみのたの字もなかったが)。
今世ではいい思い出を作りたいことだ。
「サシャはいきたいところある?」
「んー、特には……あ」
サシャの目がパンケーキ店で止まる。
「あそこにいきたいの?」
「あ、あはは、ちょっと小腹が空いたなぁ、なんて……」
「予約してくるよもちろんVIP席を確保してくるね、ああサシャは待ってていいよ。僕がしてくるから」
そう言って微笑み、さっそく受付しにいく僕をみて他の面子が呆れた顔をしていた。
サシャ第一だからね。基本中の基本だよ。
「あいつまじでサシャのことになったら態度変わるよな」
「そんだけサシャさんを愛しているんだよ、きっと」
「そそ、そんな、愛してるだなんて、……えへへ」
「あー、爆発しねぇかな」
「縁起でもないことを言わない」
ドールだってナンパしたら軽く誘えそうだけどな。なんで非リアみたいなことを言っているのだろうか。
「見てみて! カイン様よ!」「あちらにはアリエル様もいらっしゃるわ!」「あぁ、なんとお美しいのでしょう!?」
だいぶ大人数のかたまりが、そう叫び、歓喜する。
「あれ、エルくんとカインくんのファンクラブの方たちだよね」
そうサシャがつぶやく。
「ファンクラブ!? そんなもんあんのか!?」
「結構有名だよ? たしか、カインくんとエルくん、リヴェルくんにネオンくんのファンクラブもあった気がする」
「おれは!? なんでおれのだけねーんだよ!!」
「あ、あははは……」
「ファンクラブとは、大げさなものだね。そこまでする必要はないと思うんだけどな」
そう苦笑するカインに、それを見たファンクラブの人たちがまた歓喜していた。
「仕方ないよ、だってそれくらい容姿端麗な人たちが集まってるからね、Sクラスのみんなは」
雑談していると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「あっ、おーい! あんたたち楽しんでるー?」
そう声をかけられドールが体をビクッとさせる。
「クリステラさん、それにハイネさんも、おはよう」
「おはよー!」
「おはよ〜。あ、サシャちゃんじゃん! もー可愛いなぁ」
「おはようございますっ、あ、ちょ、そんなにくっつかないで……」
「照れちゃって〜、可愛いんだからっ」
「クリス、サシャから今すぐに離れないと、切り刻むよ?」
「ッ!? まじであんた怖いって! いい加減にしてよ!」
サシャに近づくのが悪い。
「? おーい、ドールー、どうしたのこいつ?」
「放っときましょ、どうせすぐ元気になるでしょ」
そう言った瞬間、ドールがクリスの方をむいた。
「お、お、おお、お、おは、おはよう!!!」
「まじであんた大丈夫? 心配なんだけど」
「結婚してくださいッ!」
「むーり、はい、いくよー」
そう言われて項垂れるドールに、すでに慣れつつあるみんなであった。
その後、パンケーキを楽しみ、一通り時間がすぎたところで学内放送が敷地内に響いた。
『お知らせします。本日行われる、学内交流戦予選第一回戦の方達は、各試合会場の控え室へお集まりください。試合は、9時スタートとなりますので、決して遅れないよう、お気をつけください』
「ついに、始まるね」
「ああ。……程々に頑張ろうかな」
これから起こることも知らずに、エルは手持ちの串肉を頬張った。
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