第27話 皮算用

「あの……我々もここで暮らせないでしょうか?」

  

 申し出てきたのは、四人組の家族だった。

 置いた老夫婦と、赤子を抱えた若い奥さんが一人。誰もがやせ衰え、幼子は今にも死にそうに見えた。


「えぇ、どうぞ。構いませんよ」


 シロがこの街の復興を初めてしばらくすると、こんな風にぽつぽつと人が流れてくるようになった。

 若い人はほとんどいない。大半が老人か、年端もいかない子供ばかり。

 逃げる体力も尽きかけ、当てもなく、かといって賊に落ちることも出来ない。なげ出され、彷徨った末に、この街にたどり着いたような、そんな人々。


 そんな彷徨い人が十二人、街に訪れ、住むことになった。

 少し前に取り込んだ山賊たちと合わせて、二十三人の住人が増えたことになる。


『流れてきた人が十二人とは、随分少ないな』

『ですが想定していた状況から外れてはいません。賊を取り込めたのも大きいです』

 

 脳内でウルスが答えた。

 街を復興するにあたり、そういった流れ者に関して二人は事前に考慮していた。もちろん、幾通りも考えた内の一つではあったが、現在の状況は概ね最初の想定の内と言える。


『街に来た奴らの意見を聞く限り、どこも避難民を入れないようにしてるみたいだからな。閉ざされた城壁に、人が山のように群がって随分酷い状態らしい』

『食料が足りない以上、入れても暴徒化するのは目に見えてますからね』


 そうやってどこも自分の領土で手一杯になっているからこそ、この旧リテルフェイドは、どこの領主、領土からも切り離された一時的な空白地帯となっていた。

 軍らしき集団も最初に見たきり、姿を見ていない。

 

 統治者不在の、ある種の無法地帯と化したこの領土内は現状、極力避けたい地域となっているのかもしれない。


『リテルフェイドに繋がるいくつかの街道も使えなくなってるようだし、そこら辺の調査も追々しないとな』

『各領主らもどの街道が使えて、どこが使えないか把握するのに苦労しているかもしれませんね。それがこのあたりに人が来ない遠因の一つでしょう』

 

 どこも余裕などないのだろう。無理もない。ところかまわず破壊して回る天災みたいな存在が国の中にいるのだ。被害状況の正確な把握など出来るわけがない。どこも人も手も足りていない状況で、その上天災そのものは過ぎ去っていないのだから、為政者にとっては頭の痛すぎる状況だろう。


『ま、人が来ないならそれはそれでちょうどいい。準備が終わるまで、放って置いてくれたら最高だけど』

『確率的には介入されることなく間に合う割合の方が高いですが……物事が想定通りあるいは人の希望通りに進むことは稀です』

『……現実突き付けてくるのやめてくれます?』

『AIですので』


「シロ」


 この街で彼を呼び捨てで呼ぶのは一人しかいない。

 振り返れば、そこには未だ瓦礫がそこかしこに並ぶこの街には不釣り合いな真っ赤なドレスを着た美しい女の吸血鬼が立っていた。


「思うた以上に出るぞ。一体どれだけ埋めたんじゃ?」


 そういってツェシカが持ち上げたのは、彼女の実の丈よりも大きなカゴだった。木材で組まれたかごの中いっぱいにきらきらと光る小さな透明の石が入っていた。


 それはシロも埋めたあの魔晶石だった。


 シロが直接埋めたのはあくまで一方面のみだが、防衛の観点から考えて最低でも大きな街道に面する南北の二面には確実に埋められていることは想像に難くない。カルダ相手に使われたであろう北側方向側の魔晶石はほぼ回収不能だろうが、最低でも南側にも同数埋められており、余裕があるならば東西側の地面の下にもいくらか埋まっていてもおかしくはないだろう。


 今、手の空いている街の住人とツェシカが総出で地面を掘り返して、無事な魔晶石を回収しているというわけである。


「相応の数はカルダと戦ったときに壊れてるはずだから埋めた数は当てにならないけど、多分二千以上は埋まってる」

「かー、贅沢じゃな。これもそこそこ根が張るモノじゃろ?」

「金があったのは確かだろうし、量に関しても直近で埋めたもの以外にも、以前から街の周囲にそこそこ埋めてたんだろうな」


 今考えれば、過剰ともいえる量の魔晶石を埋めていたが、そもそもなぜそれほどの数の備蓄があったのか。それはおそらくグレアの魔法特性と非常に相性が良かったからだろう。


 この街に来て、彼女の魔法の痕跡を知ったことで、そこらへんの事情がシロには手に取るように分かった。

 彼女が居たからこれだけの魔晶石があり、彼女の魔法に必要だったからあれだけ埋めたと考えるのが自然である。


「せんせー見て見て! 俺がこれめっちゃオッキイ!」


 六歳の少年ニックが、地面を掘り返して見つけた魔晶石をシロへと見せに駆け寄ってきた。確かに大きく、シロはわざとらしく驚き笑って、少年の頭を撫でた。


 ニックは頭を撫でられたことに満足そうに笑い、また魔晶石を掘り出すために駆けて戻っていった。


「それにしても、ばんばん掘れるなぁ。賊上がりのデッカー達も良く働くし、マジでツェシカ様々だ」

「そうじゃろそうじゃろ。もっと褒めてもいいんじゃぞ?」

「ワースゴイスゴイ」

「露骨に手を抜くな……あー、なんかやる気が急になくなったぞ」

「あははっ、ごめんごめん。感謝してます」


 影を操るという、シロが知る現代の魔法知識的には不合理極まりない魔法を操るツェシカ。影を伸ばして一定の領域を把握、干渉する力で地面の中を広範囲で探ってもらい、浅いものは直接回収、量が多い、あるいは深めなものは住人に指示して手作業で掘り出し回収している。


 彼女が居なければこれほど順調に集まる事はなかっただろう。


「……なぁ、ちょっといいか」

「ん、なんじゃ改まって」

「真剣な話」


 シロはまっすぐ、困惑気味の彼女の顔を見て、それからはっきりと言った。


「ツェシカが吸血鬼になった方法が知りたい」


 その言葉を履いた瞬間。

 戸惑っていた彼女の顔が徐々に歪み、険しいものへと変わった。


「知って、どうする?」

「どうするか決めるために知りたいんだ」


 しばしの沈黙。だが無理からぬことだろう。

 確実に彼女の内面の深いところに触れるものであり、内容如何によっては彼女の弱点に近づくことに他ならない。


 ツェシカの――吸血鬼が持つ代償、弱点。それは彼女たちにとって秘中の秘。探る事すら殺す理由になるものだ。

 

 彼女の能力の高さから考えるに、かなり大きな代償を払っているとは考えていた。だが定期的な行動制限(棺桶で寝るとか、一定期間内に血を吸うとか)等の比較的オーソドックスな縛りも含め、しばらく一緒に行動している彼女からそのような制限、代償行為は見受けられなかった。

 しかし彼女たちには必ず背負った代償がある。それこそ知られただけで、死んでしまう程の重い代償でも何の不思議もない。

 

 彼が彼女にしている質問は、文字通り命に係わる程重く重要なものだった。


「…………」

「無理に聞き出すつもりはないし、今後もう二度と訊ねもしない。だから嫌なら答えなくていい」

  

 またしばらく沈黙は続いた。

 だがむしろにべもなく断られなかった時点で、シロとして驚いていた。彼としては断られる事前提の、ある種の確認作業のような問答のつもりだった。内容が内容だけに、悩んでもらえるだけで十分過ぎると言えた。


「……必要なのは血じゃ」

「血?」

「大量の人の血……いや、命といったほうが近いじゃろうな」

「大量ってどのくらい?」

「詳しい量はわからんが、小国一つ分ほどじゃな。大量の血を吸って生まれるから妾たちは吸血鬼と呼ばれとるのじゃ」

  

 国家単位の血が必要というツェシカ。命と言い換えた所を見ると血だけではなく、人の魂も少なからず消費しているのかもしれない。万単位の命を使って、自己を次の次元へと昇華させる。それがこの世界での、吸血鬼への変わり方。

 

 その説明に納得がいったこともあった。ツェシカの行動に制約や縛りといったものが感じられない理由だ。儀式そのものが難しい条件を要求しているため、自身に対する枷は比較的少ないのだろう。もちろん弱点が何もないはずはない。恒久的な不死性を得ようとするならば、必ず命にかかわるような弱点も同時に得てしまう。生まれ持ったものを、その存在のあり方を変えるとはそういう事なのである。


「……戦場か」

「ほぅ、ようわかったの」

「他の場所が想像できなかっただけだよ」 


 小国規模の人の血なんてそう簡単には用意はできない。それがもっとも簡単に、自然と手に入る場所があるとするならば、国家間の戦争によって生まれる激しい戦場。

 規模と戦争の結果に依存はするが、戦場ならば誰だって大量の血を用意出来る。


「本来は逆じゃったようじゃよ。元々は戦場の遺体や血を基にして行使できる大規模魔法の開発が目的で、吸血鬼はその過程で生まれた副産物じゃ。結局当初の目的だった魔法の開発は上手くいかず、吸血鬼を生む魔法だけが残ったようじゃがの」

「なるほどねぇ」

「知りたいことは知れたか? それとも儀式そのものの詳細も話した方が良いかの?」

「……ん」

「何を驚いておるんじゃ?」

「いや、そこまで教えてくれるとは思ってなくてね」

「妾が迷うたのは、全部話すか、まったく話さぬかじゃからな。話すと決めた以上、聞きたければ全て教えるぞ?」

「教えてもらえるならそれに越したことはないけど。ま、立ち話ですることではないから、あとで改めて教えてもらえると助かるかな」

「別にそれはよいが……妾も全部を聞く気はないが、なんのためにこんなことをたずねているのかくらいは教えてもろうても良いかの?」


 ツェシカの言葉ももっともだった。むしろ何も聞かずにここまで教えてくれる彼女に驚いていたくらいだ。


「カルダには勝てないよな」

「まぁそうじゃろうな。あれは生物の域を超えておる」

「じゃあ勝てない存在を、勝てる存在に出来ればいいわけだ」

「……まぁ、それはそうじゃがそれが出来るなら苦労せんじゃろ。大体それが今この話と何の関係があるんじゃ?」  

「人を吸血鬼になるようにカルダも別の存在に変えちゃえないかな、って話だよ」


 人が吸血鬼になれるというのなら、別の魔獣だって条件さえ満たせば同様の変化を起こせるはずである。

 

「……人から吸血鬼になったら強くなるんじゃが、わかっとるか?」

「でもたとえあれ以上強くなるにしても、明確な、致命的な弱点をつくれるんだったら勝ちの目も出てくると思わない?」


 吸血鬼は変化の過程で、代償、弱点を与えられ、その代わりに力を得る。だから逆説的により力を与える代わりに、何か弱点を作れるだとするのなら、勝てない存在も、勝てるようになるかもしれない。


「お主……吸血鬼が払う代償を知っておったのか」

「力を得るには代償を払うもんだろ。古今東西、人が人であらざる者になる系は大体そうなの。吸血鬼だって例外じゃないと、そう思っただけ。実際間違いじゃないだろ?」

「そうじゃな……まぁ、じゃが、弱点を作るために強くするなんて、とんでもないリスキーな行為じゃぞ」

「そうだねぇ。賛同してくれる人は少ないだろうねぇ」


 ただでさえ手に負えない相手が攻撃面ではより強大になるのだ。なにより弱点を得てもなお人の手に負えなかった場合、被害が増えるだけである。


「頭のいい方法とは思えんがの」

「ごもっともです」


 嵐を退けるためにより嵐を強力にしようというのだ。

 静かに嵐が去るのを待つ方がずっと頭が良いやり方だといえよう。


「じゃがまぁ、面白そうではあるの」

  

 ――だが未来を自分の手で変えられる可能性が、そこにはあった。 


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