第28話 外

 ――イカれてる。


 元山賊首領であるデッカーがこの街をそう評価するのに時間はかからなかった。

 

 子供と年寄りばかりの小さな集落のようだった。食料の備蓄は噂程なく、山や川で魚や山菜を取り、あるいは人のいなくなった田畑から根菜や穀物を頂戴してきたりなんてことも時にはやっていた。それに時々、どこからか魔獣だかなんだかわからない肉を大量に手に入れてくることもあった。どうやって入手しているかはわからないが、まっとうな方法ではない事だけは確かだろう。


 人数が少ないから回っている食料事情といえばそうだが、事はそう簡単ではない。

 川であれ、山であれ、動物であれ、植物であれ、捕まえ食べるには知識がいる。無知では獣は狩れないのだ。植物を育てるためには何が必要で、どれくらいで収穫出来て、どれだけの人数がそれで食べて行けるか、等々、必要になる知識は膨大だ。


 その上、山を一つ越えれば、生えている植物は違い、動物の生態も変わる。植物の育ちが変わり、動物の捕獲方法も変わる。

 多くの村落では経験則で補われるそれらの知識が、ここにはなぜか揃っていた。


 この街にはそういった、膨大な知識が溢れていた。

 それは何も生きていくために必要な、実用的な知識だけに限らない。


「おい、でっかーサボってんなよ!」


 生意気そうな男の子――ニックがデッカーに言った。デッカーの半分もない程小柄な子供の周囲の地面が波打つように蠢いていた。波に砂が運ばれるように、地面の砂や小石が一人でに動き、窪み、石と砂が分けられていく。


「そうそう! サボってるとツェシカに言いつけるよー」

 

 そう続けたのは、同じくらい幼い女の子のウィノだった。

 彼女の足元でも、地面が蠢いていた。よく見れば、彼女の場合動いているのは地面ではなかった。ミミズである。大量のミミズが元気に動き回りながら、地面を掘り、耕しているように見えた。

 もちろん自然現象ではない。魔法による使役操作だ。


「……はいはい」


 デッカーはけだるそうに返事をしながら、大きな瓦礫の手で持ち上げて運び出していく。元山賊組の扱いはこんな感じである。子供にも舐められっぱなしなのは遺憾だが、ツェシカの手前誰も逆らう事も出来ず、粛々と瓦礫の撤去作業を続けていた。



 特的の魔法が使える子供らはああして指示された区画で魔晶石を掘り出す作業をしている。


 目の前の二人だけではない。そこらの子供らが、平然と魔法を使う。

 この小さな、廃墟の集落の中には魔法が溢れていた。


 どうも以前から使えたわけではないらしい。

 最近教わって、習得した者がほとんどだそうだが、魔法とはそれほど簡単なものではなく、もっと特別なもののはずなのだ。

 

 デッカーも、恵まれたことに魔法を使うことは出来る。しかしそれは一族の血と教育による賜物であって、一朝一夕で手に入れたものでは決してない。

 風を少し吹かせたり、水に波紋を起こす程度ならば才があればすぐに出来る。だが、目の前の子供たちのそれは、そういったレベルとは一線を博すものといえた。


 先ほどの、生きていくための知識も、魔法も、全てたった一人の男によってもたらされている。デッカーが見た限り、一見普通の優男だが、只者ではない事は確かだろう。知識云々を抜いても、あの化け物女――ツェシカと対等以上に会話している時点で普通なはずがない。

 一体、彼は何者なのだろうか。


 ――もしかしたら、自分はとんでもない所に入り込んでしまったのではないか?


 彼の心の内には沸々と湧き上がってくる危機感があった。

 この街は、あまりに異質過ぎた。


「あれ? なんだろ、煙だ」


 その時だった。空を見上げたニックが言った。

 彼の視線を追ってみると、確かにそれは見えた。舞い上がる砂埃。それが何かはデッカーにはすぐにわかった。地面が僅かに揺れていた。


 馬に乗った集団が一直線にこちらに向かって走ってきていた


「おい、今すぐあの化け物女呼んで来い!」

「え」 

「ツェシカだ! 早くしろ!」

「う、うん、わかった……」


 ウィノにそう指示し、デッカーは近くの元山賊たちと視線を交わす。


「お前ら、ガキ共下がらせとけ、残った奴は武器になりそうなもん俺に付いて持って来い」

「「「うすっ!」」」


 そこらに置いてあったおんぼろの農耕具に手を伸ばして、デッカーと残った三人の

男が砂埃に向かって駆け出した。ついてきた三人はもちろんデッカーの山賊時代からの連れだった。


「でもツェシカさん、待たなくていいんですか?」

「街には出来るだけ近づけない方がいいだろ」


 いくらツェシカが異常な強さだとしても、街に被害が出る可能性は十分にあり得ることだ。街に近づけないに越したことはない。


「……結構数が多いな。どこの奴らだ」


 砂塵の足元に多くの騎馬兵の姿が見えた。

 本隊まではまだ幾分距離があるが、十人ほどの先行している集団はもう目と鼻の先に来ていた。


「なんだ。貴様ら!」


 馬の足が止まった。デッカー達の真正面で威嚇するように馬がいななく。

 デッカーらの前で止まった数は十騎程。すぐに一番若そうな男が進み出てきて、声を上げた。


「我らの行く道を阻むとはどういう了見だ!」

「……我らってあんたら、どこの誰だよ?」

「お前らのような輩に名乗る名はない!」


 気取った、上からの物言い。

 だがその傲慢の物言いに負けないほど、彼の装備品は目に見えて値の張るもので、馬の毛並みも良かった。

 

 初陣の、どこぞの貴族の次男か、三男あたりだろうか。

 

 彼らは本隊の前に出た先遣隊といったところか。人の気配を感じて様子を伺うために街に近づいてきたか、あるいは街そのものに何か用があるのか。デッカーは舐められないように、さも余裕があるような笑みを浮かべながら、必死に頭を回して彼らを観察していた。

 

「部下が乱暴な物言いをしてすまない」


 先遣隊の後ろの方から良く通る声が聞こえた。

 同時に馬が1頭、ゆっくりと前に躍り出てくる。先ほどの初陣らしい新兵を下げながら、やはり値が張りそうな装備を纏った貴族らしい狐族の男だった。


「我々は国王の命を受けたギウ将軍旗下の先遣部隊、私は隊長のシシカズだ」

 

 見るからに粗忽者といった風体のデッカー達に、シシカズは丁寧な口調で話した。


「我々は無益な争いをする気はない。だから教えて欲しい。君たちはリテルフェイドに今も住んでいるのか? もしそうなら今、他にどれくらいの住人がいる?」


 彼の言葉も、その問いも、至極まっとうなものだった。

 だが、どこまで答えて良いのか、今のデッカーには判断が難しかった。

 

「――たくさんいるよ。アンタらが見捨てた連中がさ」 


 振り返れば、そこにはあの男が、この街を仕切る謎の人物が立っていた。その背後でツェシカがにやにやと妖艶で不気味な笑みを浮かべていた。


「……キミは?」

「んー、まぁ今のリテルフェイドの代表者、とでも思ってくれれば間違いはないかな。そんなことより、アンタらは何しにここへ? 争いを好まないというのなら、さっさと軍を近づけないようにして欲しいんだけど」


 彼の、そのあまりに言葉を選ばない高圧的な態度に驚いた。

 嘘かほんとか、相手は腐っても国王の命令で動く官軍である。その上先遣隊の後ろには、ざっと数えても万を超える軍隊が控えている。だのに、あの優男――シロは不遜な態度で笑っている。その姿は、恐怖や常識というのもが欠落しているようにしか見えなかった。


 シロの物言いに、不愉快そうに眉を顰めるシシカズ。

 だが彼がシロに言葉を返そうとしたその時だった。なにやら彼の周囲の者たちの様子がおかしい事に気が付いた。

 特に先ほど一番最初に出てきた男。シロの態度にまず最初に噛み付いてきてもおかしくないように思えたが、その表情はひたすらに困惑しているようだった。


 彼らがシシカズに近づき、なにやら耳打ちし、彼の顔にも同様の困惑が浮かんだ。


「……貴殿が噂の魔獣狩りか?」


 それから彼はシロに向かって、恐る恐る言った。


「え?」


 静観していたデッカーの口からも自然と声が漏れた。

 魔獣狩り。それは一人で魔獣を狩って回る不思議な狩人の噂。国を救うための国家の最終兵器だとか、神が遣わした救世主だとか、好き放題言われてるが、デッカーはただ尾ひれがついただけの噂話の類だと考えていた。

 

 恐ろしい魔獣の出現に併せて、都合よく生まれたただの噂に過ぎないと。


「アンタが……白髪黒衣の魔獣狩り?」


 言われてみれば、それはシロの見た目と一致していた。

 仮に彼があの魔獣狩りだというのなら、あの尋常ならざる強さを持つツェシカが付き従っている理由も理解できる。


「そう名乗った覚えもないし、どんな風にアンタらに伝わってるのかもわからないけど、まぁそう言われそうなことはこの前までやってたよ」


 しれっとシシカズにそう答えるシロ。


 ――やっぱり、イカれてる。


 なにもかもが、デッカーの常識の外に合った。

 あまりに異質。あまりに異常。きっと近い将来とんでもないことが、ここで起こる。そして、ここに居れば必ずそれに巻き込まれるだろう。


 考えるまでもなく、そうなるだろうことが彼にもわかった。


 ――面白ぇ。


 だが、生きるためだけに賊に身を落としたデッカーにとって、ここはあまりにも魅力に満ち溢れていた。

 何もわからない。だが、少なくとも生きていけるだけの希望はあった。


 だから彼はすぐにこう結論を出した。


 きっと、ここにいるのは運命なのだ、と。




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