修復救済編
第25話 都市復興
「先生! 見てみて! これ俺がやったんだぜ!」
「シロ先生! 私も! 私がこれ造ったんだよ!」
子供がきゃっきゃきゃっきゃと騒いでいる。
紅のドレスを纏う吸血鬼ツェシカはそんな光景をぼーっと眺めていた。
リテルフェイドを復興すると宣言して一月。
瓦礫しかなかった一角に、確かに人の住む町が出来ていた。
幼い子供が二十四人、大人一人、吸血鬼が一人。
それがこの村の総人口だった。
瓦礫をかたずけ粉砕し、井戸を掘りなおして、簡易の家を建て、今目の前には小さな畑まで広がっていた。
たった三週間。それでこれだけ変わるのかと驚かずにはいられない。
なによりも驚いたのは、その手法だった。
瓦礫の処理や、単純な力仕事、道具の補修に食料調達のための狩り(時には魔獣まで)等、なんでも一人でこなせたシロだったが気が付けば、それを効率よく子供たちに教え込んでいた。
彼は何よりも人にモノを教えるのが得意だった。
それは彼が出来る事だけではなく、彼が使えないという魔法の技能にまで及んだ。
子供らの魔法によって、物が宙を浮き、田畑の野菜の成長が促され、地面が舗装されていき、錆びた金属が新品同様に生まれ変わった。
魔法というものは特別なものではない。だが、個々に適性があり資質も異なる。
一定以上のものを教えることはそれほど簡単な事ではなかった。
「前に魔女から習ったんだよ。魔法の教え方。まぁアレンジしてるけど」
自分が使えないのになぜ、というツェシカの質問に彼はこう答えていた。
教わったから教えられるというのなら、誰も苦労等しないとツェシカは思った。
「ツェシカ、ツェシカ! 何してるの? 暇なの?」
ツェシカに声を掛けてきたのは、七歳くらいの小さな女の子だった。確か名前はウィノ、だったはずだ。
どうやらぼーっとしている彼女に絡みに来たらしい。
ツェシカは苦虫をかみつぶしたような顔をして、シッシっと虫でも追い払うように手を振った。
ウィノは気にした様子もなく、にっこりと笑いながら、ツェシカのドレスにぎゅっと抱き着き、意味もないようなことを何度も口にした。
「コラ! やめんかうっとしい!」
「ねぇねぇ、暇ならツェシカも手伝ってよ! はたらかざるもの食うべからず、なんだよ?」
ツェシカは煩わしそうに表情を歪めるが、ウィノはまるで意に介さない。反論する気力もなくなり、為されるがまま、ツェシカはしょうがなくウィノに付き合うことになった。洗濯と解れた布の補修等を共にこなした。何が楽しいのか、彼女は終始笑顔だった。
一体、何をしているのだろうか。
孤高の吸血鬼。人から昇華した人以上の存在である自分が、なぜこんなことに付き合っているというのだろうか。そしてなぜそんな現状に大した不快さも感じないのだろうか。
自身の心のありようが、ツェシカにはわからなくなっていた。
大体今もシロとどうして一緒にいるのだろうか。あの怪物、カルダへの復讐のためだろうか。否、それはない。シロの事を有能で、とんでもない人間だと評価もしているが、しかしあの怪物に勝てるとは到底思えなかった。そもそもカルダの事を脅威とは思っても、心底恨んでいるという程強い感情をツェシカは抱いてもいなかった。
「ツェシカってさ、シロとつきあってるの? ふうふ?」
「……は?」
洗濯物を干していたら、突然ウィノが言った。いや彼女が唐突にこのようなことを口にしたわけではなく、今までもずっと喋りかけてきていたのだが、ツェシカが聞き流していたのだ。
とにかく降ってわいたようなその言葉が、彼女の心にひどく刺さった。
「なにをいうとるんじゃ?」
付き合うなど、ありえない。
彼女は人ではない。人をこえた超越種。そして人を捨てた背信者でもあった。
代償を払って、人をやめたのだ。それなのに、また人に恋い焦がれるなど、もってのほかだ。愚かしいにも程がある。そう、ツェシカは本心から思っていた。
「お主はどうしてそう思うたんじゃ?」
「えー、だって一緒に旅してたんでしょ?」
「それは成り行きじゃ」
「ツェシカずーっと、シロのことみてるし」
「……それは、そんなことはないじゃろ」
「あるよー。ずっと見てるもん」
子供の言葉に、ツェシカは自然と頬が熱くなるのがわかった。
「それもお主の気のせいじゃ」
「気のせいじゃないもーん」
「うっさいわ。気のせいったら気のせいじゃ! 次言うたら怒るぞ!」
「もう怒ってるじゃん」
子供相手にムキになってしまったかもしれない、と少し自省する気持ちも沸いた。だがそんなツェシカの心の内をウィノが知る由もなく、そしてツェシカの心の中からもすぐに消し飛んだ。
「でも、そっかー。付き合ってないんだね」
「だからそういうとるじゃろ」
「わかった、じゃあツェシカのかたおもいだ!」
「……ん?」
片思い。その言葉は、ツェシカには妙に受け入れがたいものがあった。なぜか沸々と怒りも湧き上がってくる。
「わー怒ったー!」
ツェシカが怒りの声を上げる前に、ウィノは洗濯物をほっぽり出して、楽しそうに笑って逃げだした。
「……まったく、働かざるもの食うべからずいうたじゃろうが。これだから子供は」
まだまだ残っている洗濯物を眺め、ツェシカは一人ごちる。
「随分仲が良さそうだな」
「……いつから居た?」
「わー怒ったーって、ウィノが逃げ出したところ」
いつの間にか、ツェシカの背後にシロが立っていた。
会話の内容が聞かれていたらどうしようか、と内心ひやひやしていた。彼の表情を見る限り、嘘はなさそうである。
「何か用か?」
「んー、特には。洗濯物手伝おうか?」
そうして、どちらともなく二人並んで洗濯物を干し始めた。ツェシカがちらちらと盗み見るように彼に目をやると、彼は随分リラックスした様子、洗濯物に手を伸ばしていた。
「……のう、こんな事しておって良いのか?」
「こんな事って」
「お前は、あの怪物を何とかするのが目的だったじゃないのか、と聞いておる」
「あれ? ツェシカはカルダ相手は無謀だから反対派だと思ってたけど」
「無謀だとは今でも思うておる。じゃあ聞くが、お主は無謀だと悟って諦めたのか?」
「んー、そういうわけじゃないけど」
なんだか随分煮え切らない態度である。
頭をかいてしばらく考えたそぶりをした後、彼は振り返って、ツェシカの目をまっすぐ見て、言った。
「冷静に考えてさ」
「うん」
「カルダに勝つのは無理」
「……うん?」
なんというか、凄い速さで矛盾が発生したようにツェシカには思えた。
「諦めたわけじゃないんじゃなかったのか?」
「諦めたわけじゃないよ」
「でも、勝つのは無理なんじゃろ」
「無理だね。あれに勝つのは現実的ではない」
「……んん?」
「今のカルダには、ね」
何やら含みのある言葉だった。
今は、というなら未来にはどうにか出来ると、そうとることも出来る。だがツェシカには街を復興する事とそれらがどうしても結びつかなかった。
「んー、じゃがこの街の復興してどうする? 復興している間にカルダがどうにかなるとでもいうのか? 違うじゃろ?」
「さぁ、どうだろうね? もしかしたらそういうこともあるかもしれない」
そんな馬鹿な事があるわけないことくらい、ツェシカにはわかっていた。
街を復興すれば、あの怪物が消える、なんて何がどう転んだって起きるはずがない。
「そもそもさ、それをいうならツェシカこそ、どうして今ここに居るんだ?」
「別に……大した理由などない。成り行きじゃ」
そう、成り行きだ。
ただの成り行きのはず、なのだ。
だけどそれだけでは説明がつかないのも事実だった。
「そ、じゃあどうせなら最後まで見て行けばいいよ。この顛末がどうなるかを」
そう言って笑った彼の顔を見て、ツェシカはふと思った。
「……ま、そうじゃな。乗り掛かった船、というやつじゃな」
彼女は、この気持ちも理由も、しばらくわからぬままで良いと思った。
これを恋と呼ぶのには抵抗がある。だが、彼の行く末が気になるという事に嘘はない。ならばそれでいいのだ。
それを惹かれているというならそうなのだろう。
「いうたからには楽しみにしておるぞ?」
「楽しいとは言ってないけどな」
――吸血鬼が自分の恋心に気付くのは、もう少し先の話だった。
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