第16話 アテアラ旅行記
かくして、王様とメイドと魔女見習いと記憶喪失の男、四人の旅が始まった。
その旅の日々を、私――アテアラが記していこうと思う。
どうしてこんなことを書くことになったのかを言えば、口うるさい魔導書フィンカウスがそう望んだからだ。
『おい、なんでもいいから文字を書け。能無し』
フィンカウスが、私の血と魔力を込めて自身に文字を書いていけというのだ。腐っても魔導書、腐ってもおばあ様の形見なので、どうなのかなって思ったけど、どうやら書いた記述はいつでも消せるらしい。それでは日記の体をなしていないと思うが、記述内容はフィンカウス自身が覚えているらしく、記述を元に戻すことも可能なようだ。それはそれで凄い機能のように思えた。やはりおばあ様は偉大だ。
なぜそのようなことを望んだのかはわからない。だがおばあ様の作り出したものだ。何の意味もない事はないのだろう。
日記を書いている間、うるさくしない事を条件に私は日記を書くことにした。
さて、まずは昨日、旅立ち前夜の事から書いていこうと思う。正直、シロ達の会話はよくわからなかったので、見聞きしたことを出来るだけそのまま書いていきたいと思う。
「行きましょう」
自分が次の王様だ、と宣言したカナリに対して、シロの回答は早かった。
私はここから既に会話に置いて行かれていた。一緒に行くのだから相談くらいあってもいいなと今でも思う。
「そもそもその言葉が信用できないから、みたいな話を想像してたんだけどな。僕の言葉の証明を求めたりとか、そういうの大丈夫?」
「俺は記憶喪失で、未だにこの国の名前さえ知りません。だから何かを証明されてもわからないんです」
「……凄いことをさらっと言うね。国の名前はラヴァイン王国だよ。僕の立場的にも、せめてそれくらいは覚えておいてほしいかな」
常識的なところはともかく、シロはたくさんの知識を持っていて、行動に迷いがない。だから、一緒にいると記憶がないことを忘れそうになる。
なのに信頼できるし、安心出来るのが不思議だ。
「その代わり、条件があります」
「何かな?」
「先ほどの発言、俺たちは聞かなかったことにします。恩賞もいりません。だから、貴方の事を王だとも思わない。対等の立場で、この旅は、そういう旅にしましょう」
どうしてシロがこんなことを言ったのか、正直全然意味が分からなかった。
この国に関して、私も知識が多い方ではない。ずっと山暮らしだったし。でも、王様が国で一番偉い人だという事くらいわかる。せっかくなら仲良くしてたんまりお金をもらったって罰は当たらないように思えた。
「残念ながら安全も安定もないこの国で、王様がくれるものにそれほど魅力はないんだよ。それに王として扱う事のリスクも大きい。権力に取り込まれる可能性もあるしね」
夜、二人になったときに尋ねたら、シロはなんだかしみじみと過去を回想するように言った。本当に記憶がないのかなって、こういう時に思う。
言っていることはよくわからなかったけれど、とにかく話はまとまった。
王様として扱わない。そこそこの貴族として旅の間は対等に、他人から見てもそう思えるように行動する。これがこの旅の間の約束事だ。
何はともあれ、とにかくこうして私たち四人で辺境伯領へと向かう事が決まった。
次の日には、もう四人は街を後にしていた。せわしなく思えるが、それもしょうがない。次の王様になるために急いでいるというのなら、納得も出来る。
問題はお金だ。粉砕された馬車から回収出来た物資、金銭はあまり多くはない。こんなことなら魔獣の胃を掻っ捌いておけばもうちょっとマシだったかなって、シロが笑って言っていた。
シロと二人の時は、私が魔女として治療者となり小銭を稼いだり、シロが獣を狩ったり、その日暮らしでも困ることはなかったけど、これからはそうはいかない。
馬一頭、それに必要な最低限の物資それで手持ちはほとんど消えてしまった。
でもハイカさんと一緒に市で買い物したりするのは楽しかった。私はほとんど見ていただけだったけれど、値切っているハイカさんはなんだか生き生きしていて面白かった。
「値切るのもメイドさんに必要なスキルなんですか?」
「え、いや、うーん、どうなんでしょう? 私、メイド歴、二週間なんですよねぇ」
さらっと言われたその言葉に、凄く驚いた。
実は、王様になることが決まったカナリさんに、急遽お願いされたらしい。貧乏な地方の領主だったそうで、それまでは本人の意向もありカナリさんに専属のメイドはいなかったそうな。
「少し変わってましたけど、いい領主様でしたよ。私たち村の人にも優しかったですし、税も安くしてくれました。よく畑にきて一緒に農作業を手伝ったり。部下が優秀で暇だからやることないって、本人は言ってましたけど」
楽しそうに思い返すハイカさんを見て、カナリさんは本当に良い領主だったのだとしみじみ思った。
そうして始まった旅。とても順調だった。
どこも人が溢れ、宿の確保に多少手間取りはしたが、それ以外は大した問題もない。三日目の夜には、ハイカさんと寝る時ずっとお喋りしたりして、朝寝坊をしたりもした。
でも、四日目の事だった。お昼が過ぎた頃。
ある山の麓で、それは起きた。
山賊が襲ってきたのだ。
木々の間から、刃物と弓矢の矢じりが殺意と共に向けられる。それがとても怖かったことを覚えている。
もっとも、その恐怖はスグに消えた。
「一度だけ警告はしよう」
そう言いながら、シロが拳で道の脇に立つ太い木を粉砕したら、クモの子を散らすように山賊は消えてしまった。
「君なら難なく勝てたよね?」
「勝ちはないでしょう。全員皆殺しにしたところで、大したものは得られない。損するだけです」
後で、シロとカナリさんがそんな会話をしていた。
相手は山賊だし、何となく、シロは戦う相手には容赦しないと思っていたから、私的にも少し意外だった。でもその達観したような言葉を聞いて、なんだか、らしいな、と思えた。
そして、私はこの時、シロが言っていた対等の立場という言葉の意味がなんとなくわかった。
五日目は、朝から晩まで霧が出ていた。
じんわりと、肌に張り付く水滴が気持ち悪い。
六日目。相変わらず霧が深かった。
「王都は落ちて前王も戦死。大きい所だとカンルウド、リテルフェイドも落ちた。ゼライル砦は山ごと抉り取られて、キルキイレン魔法学園は街の半分を失った。小規模の被害は数えられない。国中どこもかしこも、ズタボロだよ」
霧のせいで遅々として進まない道すがらカナリさんが、今の国の状況を教えてくれた。それがどれほどの被害なのか具体的にはわからなかったけれど、想像よりもずっと悲惨な事だけは、理解が出来た。
「……リテルフェイドも」
シロが珍しく目を見開いて、小さく呟いていた。その街が彼が助けられた街だと知っていたから、何か言葉を掛けようと思ったけど、何も言葉が出なかった。
シロの態度はその後も何の変りもなく、いつも通りだった。
七日目に、やっと霧から解放された。その日は驚くほど天気が良かった。
「彼ってロリコンなのかな?」
「カナリ様! 言い方があるでしょう!」
シロが一人だけ私たちから離れ、先に様子を伺いに言っていた時の事だ。
何気なく、私とシロとの関係を聞かれた。関係と言っても、正直よくわからない。しょうがないから、出会いを簡潔に説明した。その結果出てきた言葉が、ロリコン、という言葉だった。意味はよくわからない。
どうやらカナリさんは、私がシロと記憶を失う前からの知り合いなのだと思っていたらしい。
突然現れた、謎の人物。
シロの事を説明するとしたら、こんな言葉しか出てこなかった。
八日目。粉砕され、燃える馬車。バラバラに散乱した人の肉片。生存者はいなかった。どううやら魔獣に襲われた跡のようだった。
シロ曰く、カルダの影響で縄張りが荒らされて、魔獣がそこかしこに散ってるから、今は魔獣がどこにいてもおかしくはないのだという。
九日目。すごく歩いた。疲れた。
十日目。ついに魔獣に遭遇した。
行商が襲われている所だった。私は怪我人の手当をして、シロが魔獣の前に立ちはだかった。
相手は全身が銀色の熊だった。それは魔力光が体を走ると、只でさえ堅い身体が本当の鋼鉄のように変化する。
「うーん、ちょっと苦手なタイプかも」
そう呟いたシロの拳が、銀色の熊の身体に打ち込まれる。金属と金属がぶつかり合うような、甲高い高音が聞こえた。
ほぼ生身、ほぼ素手で戦うようなシロと金属質の肉体の魔獣。確かに相性は悪いように思えた。心配したし、不安にもなった。
でも次の瞬間には、シロの拳が魔獣の肉体を貫いていた。
心配したのが馬鹿らしくなるような、そんな光景だった。
「本当にとんでもないね。規格外もいいところだよ」
カナリさんが呆気にとられながら、そう言っていた。
魔力が多い人間はそれを纏うだけで、身体能力が高くなるが、だが、それは良くて生身で普通の熊と戦えるようになる程度。魔獣は同じように魔力を纏うのだ。なら元々の肉体の差を埋められるわけもなく、勝負になるはずもない。強力な魔法の術式を扱えて初めてやっと戦いの舞台に立てるのだ。本来は。
人知を超えた、膨大な魔力とそれを扱える技量、そして肉体の技術が伴って、初めてあれだけのレベルに到達するのだと、思う。多分。
なのに、魔法は使えない。不思議極まりない。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
十一日目。また魔獣に遭遇した。苦も無くシロが撃退した。
十二日目。またまた魔獣と遭遇した。シロが撃退。
十三日目。魔獣。撃退。
十四日目。
目的地に近づくにつれて、同じ目的地の人に会うことも増えた。皆、辺境伯領は安全だという噂を聞きつけてやってきたようだった。
十五日目。魔獣に襲われたエルフの一家を助けた。魔獣はいつものようにシロが倒した。
そこでまたシロの謎が増えた。どうやらシロはエルフの言葉がわかるらしい。随分流暢なので、エルフの人たちも驚いていた。この国に住むエルフは少ない。出会う機会がないので、言葉を話せる人も少ないのに。
シロ曰く、言葉はなぜかすぐに覚えられるという。とんでもない特技だ。正直、凄く羨ましい。今度、エルフの言葉も教えてほしいと思う。
エルフの人たちとはすぐに別れた。彼女らは辺境伯領ではなく、故郷へと帰るために旅をしていると言っていた。カルダの騒動から逃れるためなのかな、と思ったがどうやらそうじゃないらしい。
「エルフの国は今戦争中だからね。だから帰るんじゃないかな」
エルフの人たちと別れた後に、カナリさんからそう教えてもらった。今は、隣国もどこもかしこも大変らしい。そのおかげで、ラヴァイン王国がこんな騒動中でも侵攻してくる国がないそうだ。
十六日目。最近、なんだか魔法の調子がいい。扱える魔力の量も増えている気がする。成長期かもしれない。身長も伸びている気がする。多分。
十七日目。いよいよ旅も終盤。私たちは辺境伯領へと足を踏み入れた。辺境伯の居城のあるエン=ロウスまで、早ければあと二日で着くそうだ。
十八日目。いよいよこの旅も明日が最後。そう考えたら少し寂しくなった。眠るときそんな気持ちを話したら、ハイカさんがぎゅっと抱きしめてくれた。私に姉が居たらこんな感じだったのかな、と思った。
十九日目。旅が終わった。
私たちは目的地の辺境伯領、エン=ロウスにたどり着いた。
ハイカさんとカナリさんは、丘の上に立つ真っ白な平べったいお城へ。私とシロは城下町へとそれぞれ別れた。またすぐに会えるかな。会えると良いな。
エン=ロウスの城下町は今までにないくらい活気にあふれ、住むにはちょうどいいように思えた。生活が楽しみだった。
住み始めてすぐ、私は一人になった。
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