大金持子の好奇心

筋肉痛

本編

 プロペラの轟音と共に暴風が吹き荒れる。ビル群の中でも一際高い摩天楼の屋上に、たった今ヘリが着陸した。


「愚民!さぁ案内なさい」


 ヘリから降りてきたのは黒いマーメイドドレス姿で縦ロール髪の美少女だ。俺を見るなり、美少女が開口一番命令する。こいつは大金持子おおがねもちこ。世界的に有名な複合企業コングロマリットの経営者の御令嬢だ。

 ひょんなことから一般家庭出身の俺と知り合ったのだが、その時のことを思い出すと頭が痛くなるので割愛する。

 とにかくこいつは超が10個付くくらいの資産家で、俺を愚民と呼ぶいけ好かない女である。その事実だけ分かってもらえればいい。

 持子が巨乳で美少女じゃなければ何回かは殴っていると思う。俺はおっぱい星人ではあるが、フェミニストではないのだ。


「ハンバーガー食べに行くだけなのにヘリで来るなよ!」


「この私に地を這えと言うの?笑えない冗談ね」


 俺の抗議が一蹴されるのはいつも通りだ。

 今回呼び出されたのは、持子の好奇心がまた暴走したからだ。彼女の言い分はこうだ。


『愚民達はファーストフードなるものを食べてるらしいわね。"ファースト"なんて私にこそ相応しい食べ物だと思わない?連れていきなさい、その店へ』


 お察しの通り、この令嬢はオツムが弱いバカだ。ファーストレディとファーストフードの"ファースト"が同じ意味だと思っている。

 しかし、これを言った時の持子の顔が妙に勝ち誇っていて腹が立った。

 まずい。

 俺をバカにしているあの瞳を思い出して、またイライラしてきた。

 『バカはお前の方だ』と大声で言い返してやれれば楽なんだが、話の通じる相手ではない。

 持子に屈するようで誠に不本意なんだが連れて行くのが唯一の解決方法だ。だから、手近なシェアNO1のハンバーガー屋に連れて行く約束をした。

 そしたら屋上に呼び出されてこの様だ。先が思いやられる。


「でも、ファーストフードという割にヘリポートもないのね。大したことないのかしら」


 店へ向かう道すがら持子が呟く。ヘリポートがあるファーストフード店があったら俺も行ってみたいわ!とは思うが口ではテキトーに相槌を打った。


「店構えが下品ね。本当にここなの?」


 店頭に到着するなり原色をふんだんに使用した店の看板を見て、持子は眉をひそめている。大袈裟に肩をすくめる動作が芝居がかっていて、いちいち癇に触る。

 下品な装飾で下品な味付けの食べ物を出すのがファーストフードだ!愚民からの洗礼を浴びせてやる!と意気込んで俺は入店した。

 持子が店内を興味深げに見回している。ファシリティのひとつひとつをまるで点検するように物色した後、ある一点を見つめてその表情が曇る。


「落ちぶれた貴族がいるわ。愚民、まさか私を騙しているんじゃないでしょうね!」


 持子の視線の先では白い全身タイツの男がポテトにしゃぶりついていた。

 まさかザーメンルックを公共の場でする強者がいるとは驚いた。ザーメンとはご存知の通り「精子」のことだ。その色や形状を模した格好のことをザーメンルックという。

 海外の有名なファッションショーで発表された最先端ファッション。生命の起源にリスペクトするデザインらしいが、提案した奴は頭がおかしいとしか思えない。

 そして、それを実践する奴はオシャレという幻想に取り憑かれたまさに愚民だと思う。

 しかし、アレを落ちぶれた貴族と表現する持子よ、お前はいつの時代の資産家だ?白タイツを履いていたのは中世ヨーロッパだぞ。

 あれはただのオシャレ変態だ。絶対に貴族ではないし、一般人であることすら怪しい。目を合わせないようにしよう。


「あの格好が愚民の間で流行ってるんだ。お前も試してみたらどうだ?」


 持子が真に受けることを期待して彼女のザーメンルックを想像する。あら不思議。豊満なボディラインが浮き彫りになるが、ちっとも興奮しない。


「愚民は愚民で色々工夫してるのね。下着しか買えない自らのみすぼらしさをオシャレに昇華するとはよく考えたものだわ」


 彼女の中で白タイツ=貴族の象徴という等式は揺るがないらしい。

 持子は勝手に納得しながら手近な席に座った。


「座り心地が最悪だわ!奴隷用じゃないの!?VIPの席はどこ?」


 舞台役者みたいによく通る大声で失礼なことを言うんじゃないよ。愚民はまだ許せるが、奴隷はダメだ。コンプラ的に。

 

「持子。ここはそういうコンセプトの店なんだ」


 俺は諭すように言った。持子は変に感心して納得した。やはり、騙されやすい。

 俺と持子は机を挟んで座り無言で見つめ合う。





 そして、恋が始まる……





 わけは無かった。


「遅い!給仕ギャルソンはまだ来ないの!?」


 持子が痺れをきらして立ち上がる。


「持子。言っただろう?ここはそういうコンセプトの店だ。注文はあそこに行って自分でするんだ」


 俺は思わず失笑して注文カウンターを指差す。


「まさに奴隷の配給ね。興味深いわ」


 だから、奴隷はダメだって。


「い、いらっしゃいませ〜」


 対応する女性店員はネームプレートに初心者マークをつけている。新人のようだ。笑顔も少し引き攣っているように思える。

 持子の刺すような鋭い視線に余計に緊張しているのだろう。可哀想に。

 今から厄介な客が注文するけど泣かないでね。


「こ、こちらでお召し上がりですか?」


「この場で立って食べろというの!?どこまで奴隷扱いする気?」


「えっ、えっと、じゃあ、あの、えーとなんだっけ。あっそうだ!テイクオフですか?」


 それテイクオフじゃ離陸しちゃうぞ。浮き足立って空を飛びたい気持ちは分かるが、新人よ落ち着け。


「店で食べます。持子、何にするんだ?」


 俺は助け舟を出す。


「この店のスペシャリテは何?」


「す、すぺ?ご、ごめんなさい。少々お待ちください」


 持子の質問に完全にテンパった新人はキッチンの奥へと消えていく。


「お待たせいたしました。お客様。私が代わりに対応いたします」


 飲食スペースから颯爽とカウンターに入り新人の代わりに目の前に立った男はさっきのザーメンルックの奴だ。お前、店員だったのか。サボってるんじゃないよ……いや、その前に制服着ろよ!!妙にお辞儀が様になっているのが余計に気持ち悪いよ。


「この店のスペシャリテは、脇見わきみバーガーとなっております」


 脇見?月見なら聞いたことあるが。


「どんな料理なの?」


 持子が俺の気持ちを代弁してくれる。


「シェフが脇見して作ります。手元を見ないので何が起こるか分かりません!その偶然性が一期一会の味を生み出します。ワクワクしますよね!?」


 不安しかないわ。味にも、そんな料理を提供するこの店の将来にも!

 オシャレ(笑)店員よ、なんでそんなに自信たっぷりなのか教えてくれ。


「面白いわ。それをいただこうかしら」


 言うと思った。お前ならそう言うと思ったよ。期待を裏切らないね、持子さん。


「ご一緒にサイドチェストはいかがですか?」


 サイドメニューじゃなくて?ポテトとかサラダだよね、普通。


「じゃあ、それもいただこうかしら」


 持子の返事を聞くと店員はキッチンの方を振り返り大声で『サイドチェスト入りまーす!』と掛け声をかける。

 すると、『かしこまりましたー!』という返事とともにキッチンの奥からブーメランパンツ姿の筋骨隆々、逆三角形の男達が駆け足で出てきて俺達を取り囲む。


「サイドチェストオオオオ!!」


 男達は叫びながら腕を組んで筋肉をアピールするポーズをした。

 店内の至る所から『キレてるよー!』と歓声があがる。

 すると今度は店のあらゆる死角から黒いスーツに身を包んだ屈強な男達が持子の盾となるように彼女を包み込んだ。


「お嬢様!ご無事ですか!?」


 スーツ姿の男達は持子のボディーガードらしい。マッチョの変態達に襲われたと判断し出てきたのだろう。良い判断だと思うが状況はカオスだ。

 二重の男壁が注文カウンター前に突然構築され、店内のむさ苦しさは異次元の領域に達していた。

 なんだコレ。


「何も問題ないわ。配置に戻って」


「いえ、これは由々しき問題です、お嬢様!我々は挑発されています!このまま何もしなければ大金家の名に傷がつきます!」


 持子の指示を拒否してボディーガードは叫ぶ。そして、何故かスーツとシャツを脱ぎ始め、ブリーフ一丁になった。他の男達も続く。

 あっみんな、ブリーフ派なんだね!……いや、何故脱ぐ!?

 

「サイドチェストオオオオ!!」


 先程のブーメランパンツ達と同じ格好をしてブリーフ達は叫んだ。それに応えてブーメランパンツが違うポージングする。

 次はブリーフ。

 ブーメラン。

 ブリーフ。

 ブーメラン。

 ブリーフ。

  ・

  ・


 あれ、俺は今何をしているだろうかと我を忘れかけた頃、やっと地獄が終わった。

 どうやら勝負は引き分けだったらしい。ブーメランとブリーフはお互いの健闘を讃え、熱い抱擁を交わしている。


「ブラボー!!サイドチェスト、素晴らしいわ。もうひとつもらおうかしら」

「いえ、結構です!」


 おかわりを要求しようとした持子を全力で止める。あんなものをもう一度見せられたら、俺もブリーフ派になってしまうかもしれん。いや、ならんけど。


「お飲み物はタピオカでよろしかったですか?」


 店員は何事もなかったかのように話を進める。すごいね、そのメンタル。ザーメンルックを着ているだけあるわ。

 でも、客の注文は勝手に決めちゃダメだ。あと、タピオカ単体は決して飲み物ではないよな。せめて何かに入れよう。話はそれからだ。


「それでいいわ」


 ですよねー。ぶれないねー、持子さん。


「それではご注文、念じさせていただきます」


 店員は目を瞑って祈り始めた。

 多分だけど、復唱した方がいいと俺は思うな。伝わらないから!


『今、あなたの心に……直接……話し掛けています。ご注文……』


 伝わったよ!気持ち悪っ!

 え?何!?俺も最近ファーストフード食べてないから知らなかったが、今時はテレパシーで注文確認するのか!……ホントに?


「よろしい!合格よ!なかなか良い接客だったわ。そして、愚民。面白い余興だったわ」


 一通りの注文を終えると持子が突然拍手し始めた。


「どういうことだ?持子」


「知らなかったの?このチェーンは、私が筆頭株主になってるのよ。今日は抜き打ちテストで来たの。ついでに何も知らないフリして愚民の反応も楽しんでいたってわけ」


 なるほど。騙されていたのは俺の方か。いろいろ納得だ。うん、この店に未来はない。

 俺は心の中で念じる。


『お前、経営の才能ないからやめた方がいいぞ』


「余計なお世話よ、愚民!」


 いや、お前もテレパシー使えるんかい!


「そうよ、愚民の思考なんてお見通しよ。だから、余興と言ったでしょ。愚民のうろたえ具合楽しませてもらったわ!!」


 うわー、やばい。殺意の波動に目覚めそう。


「私を殺すなら、核兵器ぐらい用意なさいね!オーホッホッホ!」


 ひとしきりお嬢様笑いをした後、思い出したようにカウンターの方へ振り返って持子は言う。


「ところで貴方、見ない顔だけど最近入ったの?いい接客だったわ!」


 ザーメンルックの店員に向けた言葉だが、肝心の本人の姿が消えている。

 そこへ先ほど新人店員が戻ってくる。


「お、お待たせしました。スペシャリテってオススメのことですよね!オススメはフライドポテトです!」


 ああ、不浄な物を見過ぎだせいで君が天使に見えるよ、新人さん!

 でも、それオススメはもうオシャレ店員(笑)に聞いたよ。


「ねぇ、貴方。さっきまで対応してくれた店員はどこに行ったの?」


 持子はどうしてもアイツを讃えたいようだ。


「え?私以外に対応した店員なんていませんよ!?」


「どういうこと!?確かにさっきまで白い男が対応してたのよ!!」


「あっもしかして、ザーメンさんのことですかね。あの人、常連なんですがたまに店員のフリするんですよ。でも、あの格好ですからお客様はただただ困るだけなんですよね。え!?まさかお客様、オーダーしたんですか!?」


 新人さん、貴方の言っている事は至極真っ当です。俺もあの時に持子を止めれば良かったと大変後悔しております。

 悪気のカケラもない貴方の言葉で目が覚めました。言葉に詰まっているこのご令嬢も反省することでしょう。

 ところでひとつだけ意地悪な質問をしていいですか、新人さん。


「ザーメンの意味って知ってます?」

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