13

 晩餐の途中で国王が呼ばれた理由はすぐにわかった。

 城の裏庭で、一人の女性の遺体が発見されたらしい。

 その女性はリザベル妃が祖国タルマーンから連れてきた侍女で、妃は取り乱して誰とも会いたくないと部屋に閉じこもってしまったらしい。

 リザベル妃の侍女の遺体を調べたところ、エレナに届けられたチョコレートに入っていた毒と同じ成分が検出されたそうだ。

 怖くなってエレナが震えていると、ユーリが抱きしめて背中をさすってくれた。


「マギルス殿下たちが調べるだろう。大丈夫だから、ほら、寝て忘れてしまえ」


 ベッドに入っても、ユーリが安心させるように頭を撫でてくれる。

 エレナは頷き目を閉じた、

 けれども次の日――






 エレナは走っていた。

 城の廊下を走るのははしたないとわかっているが、それどころではない。

 エレナは廊下を駆け抜けて、セティが呼び出されたという国王の謁見室へ向かう。

 今朝ほどユーリも呼び出されて、国王の謁見室へと出向いていたが、ライザックによると厄介なほうへと話が運んでいるとのことで。


「セティさんは犯人じゃありません!」


 エレナが国王の謁見室に飛び込むと、部屋にいたユーリがやれやれと息を吐き出した。


「こうなると思ったから連れてこなかったのに。いいから落ち着け。ここにいる誰も、セティが犯人だとは思っていない」


 ユーリになだめられて、冷静さを取り戻したエレナが謁見室を見渡せば、部屋の中には国王と王妃、それからマギルスとセティがいた。王妃はおっとりと微笑んでいる。


「あらあら、よかったわね、セティ。エレナ様はセティのことをちっとも疑っていないみたい」


 セティもエレナを見て、小さく微笑む。その顔を見ると、謁見室に呼ばれたのは糾弾されるために呼ばれたわけではないとわかり、エレナはほっと胸を撫でおろした。


「今朝ほどリザベルがやってきて、自分の侍女を殺したのはセティだから即刻捕らえてしかるべき処分を下せと言い出してな。一応、事実確認のために呼んだだけで、だれもセティを疑ってなどいないよ。第一、セティがリザベルの侍女を殺害する理由もない」

「リザベル妃が……」


 侍女が毒殺されて気が動転しているのだろうか? どう考えてもセティが犯人なはずはないのに。


「でも、あの子、言い出したら聞かないのよ。困ったことにね」


 どうしようかしらねぇ、と王妃はマギルスに流し目を送った。

 マギルスは拳を握り締めて、顔を上げる。


「もう我慢できません」

「あら、それでどうするの?」

「どうするのって、母上だって先日セティに毒が盛られたのを知っているでしょう!」


 マギルスが声を荒げると、王妃は今度は国王へ視線を向けた。

 エレナはセティに毒が盛られたと聞いて目を見開いた。ユーリがこっそり、セティの高熱の原因は毒だったそうだと教えてくれる。

 国王はふむ、と顎を撫でた。


「今はセティの話ではなく、リザベルの侍女の話なのだがな」

「同じことです! セティのときも侍女のときも、リザが――」

「滅多なことを言うな。証拠もないのに」


 マギルスは口を引き結ぶと、セティの肩を守るように引き寄せる。


「セティに罪を擦り付けようとしたのが証拠ではないんですか? リザは昔からセティのことを目の敵にしている。セティが怪我をさせられたのは一度や二度ではないんですよ! なのに……」

「あら、あなたがリザベルを妻にしたのよ」

「それは――」


 マギルスがうつむくと、国王がやれやれと息を吐き出した。


「そう言ってやるな。リザベルの件は、お前の命を救っただのなんだとタルマーンから圧力もかかって断れなかったのもあるしな」

「……理由はどうであれ、僕の責任であるのは認めます。だからこそ、これ以上は黙っていられません。とうに限度を超えている」


 エレナはユーリを見上げた。マギルスの口ぶりでは、毒の犯人はリザベルだと言っているように聞こえる。しかし、リザベルがどうして自分の侍女に毒を盛るのだろうか。普通に考えたらありえないように思えるが、マギルスは確信しているようで、国王も王妃もそれを疑っていないようだ。


(そんな、リザベル妃が……)


 つまりは、エレナに毒入りのチョコレートを届けたのも、リザベルだったということだろうか。どうしてリザベルがエレナの命を狙うのだろう。エレナは彼女を怒らせてしまったのだろうか。


「ともかく、証拠がなければはじまらない。リザベルにも、セティを疑うのなら証拠を出せと言っておいた。しばらくは騒がしいだろうが、セティを罪に問うつもりはないからひとまずはそれでこらえて――」

「証拠ならあるわよ」


 執務室の中に突然第三者の声が響いて、エレナたちは顔を上げた。

 扉のあたりを振り返ると、いつの間に部屋に入ったのか、ジュリアがひらひらと手を振っている。


「ジュリア、証拠ってどういうことだ?」

「証拠は証拠よ。どう考えても怪しいのはあの女じゃないの。こっそり探らせてもらったわ」

「探らせたってどこを……?」

「リザベルの部屋と、死んだ彼女の侍女が出入りしていた店」


 しれっと言って、ジュリアは国王の執務机まで歩いていくと、白い粉の入った小さな袋を差し出した。


「これがリザベルの部屋の中で見つけた毒。そして、こっちの紙に書いたのが店の名前。呪い殺すわよって脅したら、その店の親父、なんでもべらべら喋ったわよ。つい先日、侍女がこの毒を買いに来たこともね。もっと言えば、セティが高熱を出すちょっと前にもその侍女が店に来て、別の毒を買っていったとも言っていたわねぇ。ちなみにその店の親父は捕まえて、衛兵につきだしておいたから牢の中よ。詳しいことは直接聞いて見なさいな」

「……お前、こそこそしていると思ったらそんなことをしていたのか」

「だって、あんたたちのすること、まどろっこしいんですもの」


 ジュリアはふふんと鼻を鳴らして、セティを振り返った。


「そうそう。この前あんたに盛られた毒と同じものも押収したから、成分を調べたら、その熱いものがわからなくなってる麻痺の解毒、できるかもしれないわよ」


 ちょっと時間はもらうけどね、とジュリアが言ってセティにウインクをする。

 エレナはさすがジュリアだと感心したが、国王たちはあまりの状況に思考が追いつかないらしく、茫然と机の上の白い粉の入った袋を見つめていた。

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