12

「あのチョコレート、毒が入っていたんですか?」


 ライザックが確認したところ、あのチョコレートを作っている会社では塩の入ったチョコレートは販売していなかったらしい。

 ユーリはそれを確認すると、すぐにマギルスのもとに急ぎ、城の侍医を呼びつけてチョコレートを調べさせた。すると、チョコレートから強い毒物が検出されたのだ。


「ああ。今、マギルス殿下が出どころを調べさせている」

「セティさんは違うって――」

「わかってる。俺もマギルス殿下もセティを疑っているわけじゃない。むしろセティは被害者だろう。罪をなすりつけようとされたんだからな」


 エレナはセティが疑われていないと聞いてほっとすると同時に、彼女に罪を擦り付けようとする誰かがいると言うことを不安に思った。

 ミレットによれば、メイドは確かに「セティから」と言ってチョコレートの箱を渡したらしい。

 ミレットにチョコレートの箱を届けたメイドについても現在調査中だが、どうやら変装していたのか、それらしい特徴のメイドは見つからず、特定できていない。

 マギルスはセティの身の回りを警戒して、常に護衛をそばにおくようにしたそうだからひとまず安心ではあるが、それにしてもいったい誰がセティに罪を着せようとしたのだろうか。


「人のことばかり心配しているが、お前も狙われたんだぞ?」


 ユーリに額を小突かれて、エレナはハッとした。言われてみれば、毒入りチョコレートの箱はエレナに届けられたのだった。ユーリがすぐに気がついたから大事には至らなかったが、もし口にしていれば最悪命を落としていたかもしれない。


「まったく。のんびりしているというか、ぽやんとしているというか。いいか、お前も身の回りには充分気をつけろよ? 出どころのわからないものはむやみに口に入れるな。それから、俺がそばにいてやれないときは、常にライザックかミレットをおいておけよ。ミレットはああ見えて武術の達人だからな」

「そうなんですか?」

「ああ。俺とともに離宮にやって来た時に現役を引退しているが、元女兵士だぞ」


 ミレットにそんな過去があったなんて。エレナは凛としたたたずまいのミレットの姿を思い描いた。確かにミレットは姿勢がよく、無駄な動きが少ない。

 マギルスはエレナやユーリの身辺にも警護の兵士を用意してくれて、部屋の前なども厳重に警戒してくれている。ユーリとしては早くこの国から出てバルトル国へ向かいたいところであるが、今回の件のせいで、逆にエレナはセティが心配して首を縦に振らないだろう。エレナは自分のことよりも他人のことばかり優先するのだ。それが美点でもあるが、同時に、ユーリには不満でもあった。もう少し自分のことを考えてほしい。


「そうだった、カドリア国王から晩餐に誘われている。こんなことがあって嫌かもしれないが、逆に別々に食べるよりも安全だろう。マギルス殿下とリザベル妃も一緒だ」

「セティさんは……」

「セティにはジュリアがついていると言っていた」

「そうですか。ジュリアさんがいれば安心ですね!」


 エレナはほっとした。ジュリアはノーシュタルト一族の中でも特に強い異能の力を持った魔女である。彼女がそばにいれば安全だ。


「晩餐まで時間があるが、女は支度に時間がかかるんだろう? そろそろミレットが――」


 やってくるころじゃないのか、とユーリが言いかけたそのとき、扉が叩かれてミレットが顔を出した。

 エレナがミレットに連れられて部屋を出ていくと、ユーリはやれやれと肩を落とす。


「まったく。エレナはお人よしにもほどがあるな」






 晩餐の席には、カドリア国王と王妃、マギルス王子に、彼の弟である第二王子、そしてリザベル妃の姿があった。

 リザベル妃はデコルテの大きく開いた真っ赤なドレスを着て、髪を高く結い上げている。対して王妃は控えめなグリーンのドレスを着ていて、なんだか対照的な二人だなとエレナは思った。

 食事がはじまると、エレナの隣に座っている王妃がにこやかに話しかけてくる。


「エレナ様はノーシュタルト一族の方なんですってね。あなたも異能の力をお持ちなのかしら?」

「いえ、わたしには大した力は……」

「エレナは俺の呪いを解くことができた唯一の存在ですよ」


 エレナが恐縮して首を横に振ろうとすると、ユーリがスープを飲みながら間に入ってきた。

 ユーリが呪われていたという件はカドリア国でも有名だったらしく、王妃はきらきらと瞳を輝かせた。


「あらあらそれは素敵ね! ユーリ王子にはどんな呪いがかかっていたのかしら?」

「狼になるんです」

「まあ、面白い!」


 どうやら冗談だと思ったらしい。王妃はくすくすと笑って、夫である国王に「ねえ、あなた」と視線を向けた。

 国王も王妃同様、ユーリが狼になると言ったのは冗談だと思ったらしい。


「どうやって呪いを解いたのかな?」

「キスで」

「ユ、ユーリ殿下っ」


 人前で堂々とキスなんて言わないでほしい。エレナが恥ずかしくなってうつむくと、王妃は「初々しいわぁ」と言って頬に手を当てる。


「ふふ、キスで魔法が解けるなんて、まるで物語みたいね! 素敵だわぁ」

「妃は最近恋愛小説にはまっていてね」

「あらあなた、恋愛小説を馬鹿にしてはだめですわ。なかなか奥深いものがございますのよ」

「そうか、それはすまなかったね」


 国王は目じりに皺を寄せて妃に微笑みかける。互いのことを大切にしあっていると伝わってくる、素敵な国王夫妻である。聞けばこの二人は恋愛結婚らしい。

 付き合いたての恋人同士のようにきゃいきゃいと盛り上がりはじめてしまった国王夫妻に、ユーリとエレナは顔を見合わせて微苦笑を浮かべた。ジュリアがよく言う「当てられる」とはこういうことなのだろう。

 エレナはふと、さきほどからずっと黙ったままのマギルス王子とリザベル妃を見た。二人は黙々と料理を口に運び、会話らしい会話は生まれない。

 セティを見つめる目はとても優しそうだったのに、今のマギルス王子の表情はまるで蝋人形のように固かった。

 食卓には国王と王妃のお喋りの声が続き、やがてデザートが運ばれてくる。デザートは甘酸っぱいソースのかかったチーズケーキだった。

 ユーリが事前に、エレナは小食だと伝えておいてくれたのか、エレナに出される調理はほかの人よりも少なかったので、デザートまで問題なく食べきることができそうである。

 エレナが濃厚なチーズケーキの味を楽しんでいると、部屋に兵士が飛び込んできた。


「どうした?」

「も、申し訳ございません! 至急お耳に入れることが!」


 兵士は慌ただしく国王に駆け寄ると、小さく耳打ちする。国王の表情がみるみるうちに強張り、彼はがたんと立ち上がった。


「申し訳ないが、少々席を外すよ」


 国王が兵士とともに部屋から出ていくと、王妃が眉を寄せる。


「何かあったのかしら? マギルス、一緒にいってらっしゃい」

「わかりました」


 マギルス王子も席を立つと、王妃は一転して笑顔になった。


「中座してごめんなさいね。さあ、食事を続けましょう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る