11

「奥様、セティさんからチョコレートをいただきました」

「セティさんから? せっかくだから、お茶請けに食べましょう!」


 エレナは、ミレットが持ってきたチョコレートの箱を受け取ると、さっそく箱をあける。


「この国は何にでも塩味をたすんだな」


 エレナの膝を枕にして昼寝をしていたユーリが固めをあけた。


「このチョコ、塩味なんですか?」

「塩のにおいがする」

「さすが旦那様、嗅覚が鋭くていらっしゃいます」


 ミレットが感心したようにうなずくと、本を読んでいたライザックが顔を上げた、「犬だから」とつぶやいた。

 それを聞いたユーリは跳ね起きた。


「誰が犬だ!」

「犬生活が長かったから」

「言い直してもダメだ!」


 ぶつぶつ言いながら、ユーリはエレナからチョコレートの箱を受け取ってくんくんと鼻を動かす。ライザックが「やっぱり犬じゃないか」と小声でつぶやくのを聞いたエレナは、思わず笑ってしまった。


「やっぱり塩――、いや?」


 ユーリは箱の蓋を手に取ると、小さく首をひねる。


「ミレット。これはセティが持ってきたのか?」

「いえ、メイドの方が、セティ様からだと言って……」

「どうかしたのか?」

「いや、気のせいかもしれないが……」


 ユーリは顎に手を当てて何やら考えこむと、チョコレートの箱に蓋をしてライザックに手渡した。


「このチョコを扱っている店に行って、塩を入れたチョコを販売しているのか聞いてみてくれ。くれぐれも途中でつまみ食いをするなよ」

「何か気になるんだ?」

「塩にしてはちょっと苦いようなにおいがする」


 ライザックはチョコレートの箱を開けて鼻を近づけ、首をひねる。


「俺にはチョコのにおいしかしないけど」


 そう言いながら、ライザックはチョコレートの箱を持って部屋を出ていく。ユーリも、ちょっと出てくると言って部屋から出ていくと、エレナとミレットは顔を見合わせた。


「いったいどうなさったんでしょう?」

「さあ……?」


 互いに首を傾げていると、ややしてジュリアがやって来た。

 ジュリアは今朝から調べものがあると言って出かけていたのだ。


「あんたたち、何してるの?」

「あ、ジュリアさん。実は……」


 ジュリアなら何かわかるかもしれないと、エレナが先ほどあったことを伝えると、途端にジュリアの表情が険しくなった。


「セティからってそのメイドは言ったのね?」

「ええ。それが何か?」

「ちょっと……。そのメイドの特徴、わかる?」

「特徴ですか? 焦げ茶色の方までの髪をした二十歳前後の方でしたけど……。眼鏡をかけていらっしゃいましたよ」

「ほかには?」

「ほかですか……? 身長はこのくらいでしたが」


 ミレットが自分の頭のてっぺんよりも少し低いあたりに手をかざす。

 ジュリアは「それだけだと絞り込めないわね」とつぶやいて、踵を返した。


「悪いわね、急用ができたわ。あ、チョコが食べたいなら、ほら」


 ジュリアがぱちりと指を鳴らすと、テーブルの上に十数個のチョコレートボンボンが出現した。「じゃあね」と慌ただしくジュリアが部屋から出てくと、エレナは再びミレットと顔を見合わせる。


「今日は皆さま、お忙しそうですわね」

「そうね」


 エレナとミレットは、ユーリたちが戻ってくるのを待っている間、ジュリアが出してくれたチョコレートボンボンを食べることにした。

 大きなボンボンを口に入れてもごもごと口を動かしていると、コンコンと扉が叩かれてセティが顔をのぞかせる。


「あ、セティさん!」


 ミレットが立ち上がり、セティのために紅茶を用意しようとする。

 急いでチョコレートボンボンを飲み下したエレナは、立ち上がってセティにソファを勧めた。


「さっきチョコレートが届きました。ありがとうございました!」


 エレナが言うと、セティはきょとんとした表情になった。


『チョコレート?』

「はい。先ほどメイドの方が持ってきてくださって」

『?』


 セティが首を傾げる。

 ミレットがセティのために紅茶を適温に冷ましながら、怪訝そうに訊ねた。


「もしかして、セティさんからのチョコレートではなかったのでしょうか?」

『わたし、知らない』


 セティが頷くとミレットがますます訝しそうになる。

 エレナとミレットは、#三度__みたび__#顔を見合わせた。



    ☆



「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 執務室に突然やって来たジュリアに、マギルスは目を丸くした。

 けれども、ジュリアの真剣な表情を見ると、マギルスは部屋から従者たちを追い出して、ジュリアにソファを勧める。


「お茶を用意しましょうか?」

「いらないわ。長居はしないから」


 ジュリアは高く足を組んでソファに腰を下ろすと、組んだ膝の上に頬杖をついた。


「ねえ、教えてほしいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」


 向かい合うソファにマギルスが腰を下ろすと、ジュリアはぐっと声を低くした。


「少し前にセティが高熱を出したっていうけど、それってもしかして、毒によるものじゃなかったの?」


 マギルスは息を呑んだ。

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