13

「何を考えているんだ馬鹿者が! おいっ、こら、しっかりしろ!」


 耳元で誰かが怒鳴っている。


 エレナはぼんやりと目を開けて、目の前の艶やかな黒い毛並みを見つけて抱き着いた。


「わんちゃん……」


「誰がわんちゃんだ!」


「んー」


 頭がふわふわする。


 エレナは霞がかかったような思考で、ここはどこだろうと考えた。


 パーティーではユーリは始終機嫌がよさそうで、エレナが作ったパンプキンパイもたくさん食べてくれた。エレナは楽しくなって、ライザックが持ってきてくれた、はじめて飲むシャンパンというものをたくさん飲んだのは覚えている。


 飲んでいるうちに足元がふわふわしはじめて、それがまた楽しくて――、それからどうなったのだろうか。


 途中から記憶がぷつりと途絶えていて、エレナは目の前のもふもふにぎゅうぎゅう抱き着きながら考える。


「ここ……、わたしの部屋……?」


「そうだこの酔っ払い! 酒が弱いならどうしてそんなに飲んだんだ! いいから、離せ! 今日はいろいろまずいんだ!」


「酔っ払い……」


 エレナはパーティーではじめて酒を飲んだから、自分自身の酒に対する耐性がわからなかったが、どうやら、このふわふわと夢の中にいるような感じは、酔っているということらしい。


 だが、部屋の中は薄暗く、エレナはどうやらベッドの上にいるようだから、このまま眠っても問題ないはずだ。


「んぅ、でんか……、おやすみ、なさ……」


「だから、寝るな! 起きろっ! 俺を離せっ」


 ユーリが焦ったような声を出している。


 エレナが酔いつぶれたあと、ライザックが彼女を部屋まで運んだが、ユーリは赤い顔をして意識を手放したエレナが心配でそばについていた。それが、間違いだった。


 寝ぼけたエレナは隣に寝そべっていたユーリに抱き着いて、いつも通りユーリを抱き枕にしたのだ。


 エレナはユーリと一緒に眠るようになってから、無意識にユーリを抱き枕にして眠る癖がついていた。その癖が出たのだろうが――、今日だけはまずいのだ。


「エレナっ」


 ユーリはエレナの頬を舐めてどうにか起こそうとしたが、彼女はくすぐったそうにくすくす笑うだけだ。


「でんかー、たのしかった、ですか?」


 寝ぼけながらそんなことを問いかけてくる。


「わたしはとっても楽しかったですよぉ」


 エレナはもぞもぞと動いてユーリの腹のあたりにぴたっと頬を付けた。そのまま頬ずりをはじめるから、ユーリはびくっと硬直する。


「わたしー、でんかのお嫁さんで、しあわせですぅ」


「………」


「ずーっと、いっしょがいいですー」


「エレナ……」


「ふふ、あったかーい」


 エレナは幸せそうにくすくす笑いながら、やがて本格的な眠りに落ちた。


 ユーリはエレナの腕の力が緩んだ隙に彼女の腕の中から逃れたが、ベッドから降りる気にはなれずに、じっとエレナの寝顔を覗き込み、それから吸い寄せられるようにその唇へ口を寄せる。


 エレナの唇に軽く触れたその時だった。


 ユーリの体が淡く光って、次の瞬間、その姿は狼から人の姿に戻る。


 ユーリは目を見開いて、薄暗い窓の外を見やった。


「……いつもより……、早い?」


 今夜は満月。けれども、人の姿に戻るのがいつもよりも早い気がして、ユーリは自分の掌を見つめてぱちぱちとまばたきを繰り返した。

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