12
カールトンの言うところの「結婚お祝いカボチャパーティー」は思いのほか盛大になった。
と言っても、来客があるわけではないのだが、マルクスやミレットたち、ライザックが張り切って、使われていない広間を掃除して飾りつけはじめて、その騒ぎにユーリが怪訝そうな顔をしたが、カールトンが「奥様のため!」と一言いうと何も聞かずに好きにさせてくれた。
エレナはカールトンの手伝いをすることにして、大きなカボチャを使ってのカボチャ料理を作る。
カボチャの皮はランタンにするというからくりぬいて、エレナはパンプキンパイを担当することになった。
カールトンの指示で、カボチャを丁寧に裏ごしし、砂糖などを加えてフィリングを作る。
ノーシュタルト一族の地で暮らしていたときは食べるものがなく、そのせいでまともな料理を作ったことがなかったから、こうして教えてもらいながら料理をするのは楽しかった。
「さあさあ、パイを焼くのは危ないから奥様は下がっていてくださいねー」
カールトンはそう言ってエレナの作ったパイをオーブンに入れると、焼き上がりを待つ間に、カボチャのランタンを作りはじめる。
ノミと金槌を使って器用にカボチャに目と口を彫ってカールトンが作り上げたカボチャのランタンは愛嬌があってかわいらしかった。
(これで本当に、ユーリ殿下へわたしの気持ちが伝わるのかしら……?)
不安に思わないでもないが、エレナの心にあるのは小さな期待だ。
エレナはユーリと一緒にいて幸せなのだと、少しでもいいからその気持ちが伝わればいいなと思った。
次の日の昼――
いつものように昼食をとろうとダイニングに下りたユーリは、ライザックになぜか広間に連れてこられた。パーティー用の広間は、ユーリが離宮で暮らすようになってから一度も使われていない。
なにやら「エレナのため」に飾りつけを行っていたようだが、ここにいったい何の用事があるのだろう。
不思議に思いながら広間に入ったユーリは、そこに真っ白いドレスを着たエレナを見つけて息を呑んだ。
マダム・コットンのドレスが数着仕上がってきていたのは知っている。白いドレスを一着作っていたことも知っていた。
(似合うな……)
エレナの雪のような肌と相まって、どこか神聖な気配さえ感じるほどに似合っている。
「「「結婚、おめでとうございまーす」」」
ユーリが室内に入ると、同じく着飾って広間にいた使用人たちが手を叩きながらそう言った。
「結婚?」
「そ。結婚のお祝いパーティーだよ。ほら、主役は早く花嫁のそばに行く!」
ライザックが背中をぽんぽん叩くから、ユーリは戸惑いつつもエレナのそばに寄る。エレナははにかんだように微笑んで、「結婚お祝いカボチャパーティーなんですよ」と言った。
(結婚お祝いカボチャパーティー? なんだそれ)
言われてみれば、テーブルの上に並んでいるのはほとんどがカボチャ料理だ。しかも中央には巨大なカボチャのランタンが飾らわれいる。
結婚パーティーという割にはオレンジ色ばかりだなとあきれたが、エレナが嬉しそうなどで良しとすることにした。
どうして突然「結婚お祝いカボチャパーティー」なるものをすることにしたのかはわからないが、エレナが自分が作ったと言うパンプキンパイを切り分けて口元に差し出してきたから素直に口を開く。
「どうですか……?」
「ん。悪くない」
答えると、カールトンが盛大なため息をついた。
「旦那様、そこは世界で一番おいしいと答えないとだめですよ!」
見れば、カールトンは赤い顔をしている。どうやらすでに出来上がっているらしい。片手に持っている赤ワインのグラスがもうほとんどからだった。
ユーリはあきれたが、祝いのパーティーで細かいことを言えば白けてしまうだろう。彼はちらりとエレナを見上げて、それからぼそりと言った。
「……ちゃんと美味いぞ」
カールトンの言葉をそのまま言うのはどうも照れくさくて言えなかったが、ユーリが言い直すと、エレナは花が咲いたように笑う。
「よかったです! あ、このカボチャのパンも、それからスープもおいしいですよ。このクッキーの型抜きはわたしもお手伝いしました」
「クッキー……、これはもしかして、俺か?」
ユーリの目の前には狼にも見えなくはない形をしたクッキーがある。アイシングで目がと鼻と口が書かれていた。どうやら笑っている狼を作ったようだ。
エレナは頷いてユーリの口元にクッキーを近づけた。自分の顔のクッキーを食べるのには少々抵抗があったが、エレナが嬉しそうなので口を開ける。やはりこれもカボチャ味だった。
「しかし、どうしてこうもカボチャばかりなんだ」
「あ、それはカールトンさんが大きなカボチャをいただいたそうで……」
なるほど、目の前で笑っているカボチャのランタン――、あの巨大なカボチャか。
(あいつ、結婚パーティーと言いながらカボチャが使いたかっただけじゃないか)
ユーリはカールトンを睨みつけたが、すっかり出来上がっている彼は先ほどからミレットやケリー、バジルに絡んでいて、すでにパーティーの主役二人への興味は失せているようだ。
「カボチャだらけの結婚パーティーなんてはじめてだよ。こんな変な結婚パーティーをする夫婦なんて、君たちぐらいなものじゃない?」
ライザックがシャンパングラスを持ってきてエレナに手渡した。
「だったら止めろよ」
「やだね、面白いもん」
ライザックはカボチャのパンを一つ取って口に入れながら答える。
「それにほら、そこにチキンは用意してやっただろ?」
ライザックは威張って言うが、彼の言うチキンはカボチャのランタンの横においてあり、すっかりその大きさに負けてまったく目立たない。
「ほら、いいからもっと食えよ」
ライザックはパンをもう一つ取るとユーリの口に無理やり押し込み――、そして、身をかがめて耳元でぼそりとつぶやいた。
「せっかくエレナちゃんがお前のためを思って計画したんだ。楽しんでやれよ」
エレナが?
ユーリが驚いてエレナを見れば、彼女はにこにこと笑ってシャンパングラスを傾けていた。
「お前、エレナちゃんになんか余計なことを言ったんだろ。エレナちゃん、自分はすごく幸せなんだってお前に伝えたくてパーティーを開くことにしたらしいぜ。ま……、カボチャパーティーはカールトンのおっさんの入れ知恵だけどな」
「幸せ……」
(あの夜のことを気にしていたのか……)
ユーリではエレナを幸せにはしてやれない。それなのに、彼女はユーリに幸せだと伝えたいらしい。
ユーリの目に、エレナの真っ白いドレスが、まるで結婚式で着るドレスのようにも見えて心がざわめく。
ユーリは窓の外に視線を向けた。冬は日が短い。オレンジ色に染まりはじめた空を見て、少し考える。
(今夜、か……)
幸せになどしてやれない――
わかってはいるが、エレナの笑顔に心が温かくなる自分がいることも確かだった。
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