11
――離縁してやることはできないが、好きな男を連れ込んで一緒に暮らすことくらいなら許してやれる。
ユーリがどこか淋しそうに告げたこの言葉が頭から離れない。
エレナはユーリに嫁いで、不幸だなんて思っていないのに、きっとどれだけ言葉を重ねようとも、彼の心には届かないような気がした。
ユーリはきっと、何もかもをあきらめてしまおうとしているのだ。
二十歳の誕生日をすぎると完全になった呪いによって人へはもう戻れないという自分の運命を、あきらめながら受け入れようとしている。
自分のほうがよほどつらいはずなのに、彼はエレナに悪かったと言う。エレナは不幸ではないのに、ユーリのせいで不幸になったと言う。
そんなユーリに、どうにかしてエレナが幸せだと伝える術はないだろうか?
エレナが考え事をしながらとぼとぼと歩いていると、前から大きなカボチャが歩いてきた。狼の次はカボチャ人間の呪いかと一瞬ぎくりとしたエレナだったが、どうやらそれは、大きなカボチャを抱えて歩いてきた人だとわかると、自分の頓珍漢な勘違いに思わず苦笑した。
「おはようございます、カールトンさん」
彼はこの離宮の料理長だ。料理長と言っても、ほかに料理人がいないから彼一人ではあるが、代々王家の料理人をしている家系で、彼自身、長くお城で働いていたらしい。四十前後の気さくな男性だ。
「これは奥様、おはようございます」
カールトンは大きなカボチャを「よいしょ」と抱えなおした。
「すごく大きなカボチャですね」
「ええ。さきほど町に食材の買い出しに行っていたんですがね、馴染みの店主が大きすぎて売り物にならないから持って帰ってほしいと言うもんで、ありがたくもらったんですがねぇ。どうしようかまだ決めていないんで、とりあえず貯蔵しておこうかと」
「そうだったんですか」
エレナはじーっとオレンジ色のつやつやとしたカボチャを見た。カールトンが腕に抱えると彼の顔まで見えなくなりそうな程のとんでもなく巨大なカボチャだった。
「奥様はどうされたんですか? なんだか思いつめたような顔をされていますが……。ハッ! まさか旦那様と喧嘩でも? 旦那様がもしひどいことを言ったなら俺がとっちめてやりますよ!」
「い、いえ、違いますよ! そうじゃなくって……」
エレナは逡巡したが、誰かに相談したいような気もして、カールトンに胸の内を打ち明けた。
カールトンはうんうんと相槌を打ちながらエレナの話を聞いていたが、突然、カボチャを足元に置いて片手で目の上を抑えてうつむいてしまった。
「な、なんて健気な奥様なんだ……!」
カールトンは感極まったようにエレナの両肩に手を置くと、瞳を潤ませながらこう言った。
「よし、パーティーをしましょう! 奥様が嫁いで来られて、お祝いもしていないことですし、ここはもう、ぱーっと!」
「パーティー……?」
どうしてエレナの心を伝えたいという話がパーティーに発展するのだろうか?
戸惑うエレナに、カールトンは片目をつむって、
「奥様とのラブラブ結婚祝いパーティーをすれば、旦那様にも奥様の愛が伝わりますとも!」
「あ、愛……」
「そうです! 男なんて単純な生き物ですからね! それできっと大丈夫! ここにカボチャもあることですし。題して、結婚お祝いカボチャパーティーです!」
「か、カボチャパーティー……」
(それって、ただ単にカボチャを使いたいだけなんじゃ……)
エレナは足元におかれたカボチャを見下ろして、本当にそんなことでうまくいくのかと首をひねりながらも、きらきらと目を輝かせているカールトンに否と言えなかった。
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