14
ノーシュタルト一族の暮らす最果ての半島。
一族の長である男は、まるで誰かに叩き起こされたかのようにハッと大きく目を見開いて飛び起きた。
室内は暗く、隣からは妻の一人である女の寝息が静かに聞こえてくる。
彼は瞠目したまま虚空を見つめて、茫然とつぶやいた。
「……まさ、か……」
朝――
エレナは微睡みの中、いつもの癖で隣をまさぐった。
「んー」
手を伸ばしてぎゅうっと抱きつき、小さな違和感を覚える。
温かい。でも何かが違う。まだ半分夢の中にいるエレナは、いつもの感触を探すように手を動かしてみた。
「……んんー?」
けれどもやはり何かが違って、エレナはゆっくりと目を開ける。
そして――
「―――!」
声にならない悲鳴を上げて思わず飛び起きて――、勢い余ってベッドから転がり落ちてしまったのだった。
どすん! という音でユーリが目を覚ましたとき、何かが妙だった。
「……エレナ?」
隣に寝ているはずの妻の姿が見当たらず、ユーリはのそりと起き上がり――ピシリと硬直する。
見下ろした先にあるのは、肌色をした大きな手。
ハッとして手のひらを見て、それから顔に触れた。それでも信じられず、ベッドから飛び降りると、エレナが使っているドレッサーまで走っていき、そこに映った自分の姿にまた息を呑む。
鏡には、黒髪に黒い瞳の「人間の」男の姿があった。
「……なんでまだ人の姿なんだ?」
昨日は満月だった。ユーリは満月の夜の短い間だけ人に戻ることができるが、朝になれば呪いの影響で狼に戻っているはずだった。
それなのに、まだ人の姿。
ユーリは思わず窓まで走って行って、カーテンを開けた。外は早朝の白く淡い光で溢れている。
「なぜ……」
もう一度、自分の手のひらを見つめてから、ユーリはエレナを探して振り向いた。するとエレナはベッドの下で腰を抜かしたようにへたり込んで、なぜか両手で顔を覆って俯いていた。耳が真っ赤だ。
「おい、エレナ。どうした? 具合でも――」
ユーリが近づこうとすると、エレナの肩がびくりと震える。
エレナは顔を覆ったまま、細い悲鳴のような声で言った。
「どっ、どこのどなたか存じませんが、お願いですから服を着てください――!」
ユーリは自分の姿を見下ろして、全裸であることに気がついて慌ててベッドからシーツを剥ぐと体に巻き付けた。
そうだった。昨日人間の姿に戻ったあと、どうせ朝になれば狼の姿に戻るのだからと裸のまま眠ったのだ。
途端に部屋に気まずい空気が落ちて、ユーリはエレナを怯えさせないように少し距離を取ると、「もういいぞ」と言った。
エレナは真っ赤に染まっている顔をあげて、泣きそうな声で「どちら様ですか?」と問いかけてきた。
そう言えばエレナに人の姿をさらすのははじめてだなと思い出して、ユーリはぽりぽりと頬をかきながら、小さく笑う。
「誰も何も、俺はユーリ・ロデニウムだ。お前の夫のな」
エレナは目を見開いて――、そのまま凍りついたように動かなくなってしまった。
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