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ノーシュタルト一族から来たという奥様は、ミレットの予想のはるか上を言った。
それはいい意味でも、悪い意味でもだ。
さっきエレナが裁縫道具を貸してほしいと頼みに来たから、刺繍でもするのかと思ったら、ドレスがもったいないからクッションカバーにリメイクすると言われてさすがのミレットの思考も数秒停止した。
ドレスがもったいない――
我々使用人であればいざ知らず、良家の令嬢の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
ミレットは迷ったが主人の頼みを無碍にもできず、まあクッションカバーを作るくらいいいだろうと裁縫道具を渡した。どのみち、奥様用に用意していた裁縫道具である。奥様が使いたいというのだからミレットに拒否する権利はない。
しかし、裁縫道具の件以外にも、奥様は妙すぎた。
まず、細すぎる。最初はドレスがあまりにもぶかぶかだったため急激に痩せられたのかとも思ったが、それにしては体型が違いすぎたし、ドレスもすべて新しく新調したものばかりだった。
それに、エレナは傲慢ではなさすぎる。それどころか、どんな些細なことにも感謝するし、腰が低いというか……。使用人にも敬語を使うし、頭を下げるし、人に対して命令慣れしていなさすぎる。
ミレットはノーシュタルト一族に詳しいわけではないが、彼らは異能の力を至上主義とし、力を持たない一族以外の人間を軽んじて蔑む高慢ちきな人間と聞いている。だから、どんな偉そうな女がやってくるのかとミレットをはじめ、離宮の使用人はみな警戒していた。だがやってきたのはエレナで、拍子抜けしてしまったのだ。
(それにあの手……、気になるわ)
ミレットが気になるのは、エレナのひどい手荒れだ。
ミレットはふらふらと廊下の奥から歩いてきたライザックを捕まえた。
「奥様はいったい何者なの?」
問いただされたライザックはきょとんとした。
「何ものって?」
「だから、本当にノーシュタルト一族の人間なの?」
「ああ。そういうことか。ノーシュタルト一族であるのは本当だと思うよ。ただ、長の娘かどうかはわからないけどね。娘可愛さに替え玉という可能性もある。でも、もしそうならもっときちんと誤魔化しそうだとも思うけどね。ドレスも……」
「そうよ。あのドレスはいったい何なの? まさかノーシュタルト一族ではサイズの全く合わない大きなドレスが流行しているとでも?」
「さすがにそれはないんじゃないかな。でもなんか、あのドレスかわいくない?」
「は?」
「いやほら、あのぶかぶかな感じが何とも言えないというか。最初は驚いたけど、見慣れるとなんかかわいくてさぁ」
「……まさかあなた、だからあの格好のまま連れてきたの? 採寸して仕立てる暇はなかったでしょうけど、道中で、あれよりはまだましなドレスを買うことだってできたわよね?」
ミレットが咎めるような視線を向けてきたので、ライザックはぷいっとそっぽを向いた。
ミレットは額を抑えて嘆息した。
「心配だわ。旦那様にはもっとこう、気の強いくらいの方でないと……。エレナ様がショックで寝込まれてしまったらどうしましょう」
「そう? 俺は案外、うまくいくんじゃないかと思ってるけどね」
果たしてそうだろうか。
ミレットは西の端の部屋にこもったまま出てこようとしない旦那様の姿を思い出して、奥様がひどく不憫だった。
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