3

 エレナの部屋は二階の東の角の部屋だった。


 大きなベッドに、かわいらしい薄ピンクのカーテン。大きな暖炉に、ソファにテーブル、内扉でつながっている奥には浴室があり、猫足のバスタブがおいてある。クローゼットも広く、エレナが大量に持たされていたドレス類を入れてもまだ半分以上が余っていた。


「ご趣味がわかりませんでしたのでこちらで用意をいたしましたが、ご入用なものがあればなんなりとお申し付けください」


 ミレットがそんなことを言ったが、とんでもない。


 なぜならエレナは、この部屋に入った途端、夢を見ているのかと思ったほどだったのだ。


 今まで粗末な小屋で、冬の寒さに震えながら生活していたエレナにとって、この部屋は途方に暮れるほど豪華な部屋だった。


「あの、わたし、もっと小さな部屋でも大丈夫ですよ……? こんな豪華な部屋、ほかの方にお使いいただいたほうが……」


 いたたまれなくなってエレナが告げれば、ミレット以下三人のメイドたちは目を丸くした。


「とんでもない! ここは奥様のお部屋です。旦那様と同じお部屋でなくて申し訳ありませんが、どうかここをお使いくださいませ!」


 キリリとした顔のミレットがぴしゃりと言うものだから、エレナは思わず気圧されたように「はい!」と答える。


「それから、わたくしどもには敬語をお使いになりませんよう」


「は、はい!」


「また、どうかそのようにかしこまらないでください」


「は、はい……」


 そうは言われても、エレナは今まで誰かにかしずかれたことがない。どうしていいのかわからず弱っていると、ミレットが少し笑った。きりっとした顔立ちのミレットだが、笑うととても優しげだ。


「おいおいで構いません。そして奥様。お部屋に手直しの必要がないようでしたら、別で、わたくしからもう一つお願いがございます」


「はい、なんでしょ――、いえ、なに?」


 エレナが言い直すと、ミレットの後ろでケリーとバジルがくすくすと笑った。


 彼女たちは二人ともエレナと年が近そうだった。ケリーは小柄でふんわりした赤毛を一つに束ねていて、笑うとえくぼのできる愛嬌のある顔立ち。一方バジルはすらりと背が高く、肩までの蜂蜜色の髪に黒縁の眼鏡をかけていて知的な感じだ。


 ミレットはこほんと咳ばらいを一つして二人の笑い声を止めると、にっこりと、しかし有無を言わさない口調で言った。


「新しくドレスを作りましょう」


 ドレスならたくさんあるのに――。エレナはそう思ったが、ミレットの迫力を前にうなずくことしかできなかった。






 ミレットが手配した仕立て屋は、明後日やってくるそうだ。


(きっとドレスがぶかぶかだからよね……)


 ノーシュタルト一族の暮らす半島を出てから――特に、ライザックたちと合流してから、エレナにはこれまでとは比べ物にならないほどにしっかりとした食事が与えられたから、二か月前に比べれば多少肉もついているはずだったが、それでもまだまだドレスは大きく、リボンでウエストをしめないと着られないほどだった。


 破れた部分に布を当てて補強したり、繕ったりすることはできても、さすがにドレスのサイズを直すほどの裁縫の腕はないので、こればかりはどうすることもできない。


 今までつぎはぎだらけのワンピースを着ていたから、サイズが違うとはいえ上等なドレスに何も思わなかったが、サイズの合わないドレスを着て旦那様に会おうとしていた自分は愚かだった。幸か不幸かユーリ王子は極度の人見知りで姿を見せなかったが、もしもエレナの姿を見ていたらどう思っただろう。


(……うう、わたしってバカ)


 一族の暮らす最果ての半島で育ったエレナは、外の世界のことはあまりわかっていないが、王子が偉い人だというのはわかる。サイズの合わないだぼだぼしたドレスを身にまとって会おうだなんて失礼だった。


 エレナはクローゼットに並ぶドレスを見て、ため息をつく。


 どれもきれいなドレスばかりだ。サイズが合わないからと処分するのは非常にもったいない。


 けれども、ミレットやケリー、バジルにもこのドレスはあわないだろう。異母妹のバネッサはふくよかなタイプだったから、エレナほど細くない彼女たちにもサイズが大きい。


(せめてクッションカバーとか……、そういうのなら作り直せるかしら?)


 ドレスのサイズ直しが無理でもそのくらいはできそうだ。


 エレナはパッと顔を輝かせると、ミレットに裁縫道具を借りることにした。

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