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 ユーリ・ロデニウムはふと顔を上げた。


 寝そべっていたソファの上からのそりと起き上がり、窓の外に浮かんでいる月を見上げて、低くつぶやいた。


「忌々しいノーシュタルト一族め」






 エレナは馬車から降りると、雪の中に埋もれるようにして建っている真っ白い壁の離宮を見上げた。


 第二王子に嫁ぐのだから、てっきりお城で国王へのあいさつなどがあると思っていたのだが、エレナが連れてこられたのはロデニウムの王都からさらに北にある、山の中に建つ王家の離宮だった。


 針葉樹の森の中に建つ離宮はコの字型をした二階建ての建物で、両開きの大きな玄関の前には本来大きな石像が立っていたのだろうが、足首だけを残して無残にも破壊されていた。


 馬車から荷物を下ろすと、ライラはさっさと帰途につきたがったので、エレナは引き止めなかった。


 父の話によると、ユーリ王子からは花嫁は身一つでと言われているそうだ。ノーシュタルト一族からは、使用人にいたるまで他に誰も受け付けないと言っているとのことだった。


 ライラやノーシュタルトの御者たちが玄関先に荷物を下ろすなりさっさと帰ってしまったので、ライザックはあきれたようだったが、エレナが彼らの非礼を詫びると、彼はにこりと微笑んだ。


 玄関の戸を叩くと、ややして執事と思われる五十をいくつかすぎたほどの姿勢のいい男性とメイドと思われる三名の女性があらわれた。


 王子という身分、邸の大きさから考えて人数が少ない気がしたが、ライザックによればユーリ王子は極度の人嫌いだそうだからそのせいだろう。


 エレナは荷物を運ぶのを手伝おうとしたが、ライザックと執事のマルクスに止められて、メイド頭だという四十前後ほどのミレットに案内されてダイニングへと向かった。


 ミレットはダークブラウンの髪を寸部の乱れもなくきっちりとまとめたキリリとした女性だった。


 ミレットはエレナが来ていたドレスを見てわずかに眉を寄せたが、何も言わずに温かい紅茶を用意してくれた。


 エレナが礼を言うと、今度もわずかに眉を動かしたが、しかしやはり何も言わなかった。


 まるで値踏みされているような気がして少々落ち着かなかったが、入れてくれた紅茶が薫り高くて美味しかったので、心の底から美味しいと伝えると、ミレットの双眸がかすかに和らいだ気がした。


 エレナが紅茶を飲み終えてほっと一息ついたとき、荷物を運び終わったライザックとマルクスがやってきた。トランクに入っていたドレスなどの衣服は残りの二人のメイドが片づけてくれているらしい。


 エレナは二人に礼を言い、そして広いダイニング内を見渡した。


 縦に長いテーブルに、高い天井には大きなシャンデリア。けれどもどこか殺風景なのは、絵画や花などの装飾類が一切ないせいだろうか。


「あの……、ユーリ殿下に、ご挨拶したいのですが」


 呪われた王子などという物騒な異名で呼ばれているが、突然に決まったとはいえ、エレナの夫になる人だ。きちんと挨拶をしておきたい。それに、父からは肖像画も見せてもらえなかった。どんな方なのか非常に気になる。


 ノーシュタルト一族の地では無能ものと冷遇されていたが、少なくとも道中、ライザックたちは優しかった。旦那様になる人も悪い人ではないはずだと、エレナは少し期待していた。夫婦になるのだ。できる限り仲良くなりたい。そしてできれば、得ることのできなかった「家族」というものをこの手で作りたい。


 エレナはどきどきしながらマルクスたちの答えを待ったが、マルクスもミレットも複雑な表情を浮かべてしまった。


 不安になってライザックを見やれば、彼は眉尻を下げて言った。


「そのうち会えると思いますけど、人見知りがひどいんで、慣れるまでは姿を現さないかもしれません」


「そう……ですか」


 姿も見せたがらない人見知りとは相当だ。結婚式も「そのうち」と説明されていたし、なかなか気難しい方なのかもしれない。


 ライザックは気を取り直したようにマルクスの肩をたたきながら言った。


「えっと、まあ王子はそんなだけど、俺たちは奥様を歓迎しますよ。執事のマルクスとミレットは挨拶を済ませましたよね。あと、メイドのケリーとバジル。料理長は今は買い出しに出ているらしいからあとで紹介します。で、俺は一応、王子の護衛と雑用です。王子が全員追い出しちゃったから、ほかにはいません」


 エレナは、この広い離宮をたったそれだけの人数で管理するのは大変そうだなと思いながら頷いた。


「奥様、そろそろ荷物の片づけが終わった頃でしょうから、お部屋にご案内いたします」


 エレナはミレットに手をひかれて立ち上がった。その際にミレットが一瞬動きを止めたような気がしたが、彼女の表情に変化は見られなかったので、気のせいかもしれなかった。

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