第15話 幕間

 その日も彼女は普段通りの日常を送っていた。



 朝早く起きて鍛錬、食事を作り、家事を済ませ、それからハンター稼業に専念する。



 町付近に現れたゴブリン20匹の討伐を危ういところもあったが何とかこなし、遅くなった昼食を取り終えたところでギルドの方から轟音が轟いた。



 彼女は弾かれたように振り向き、急いで現場に急行すると、そこには鋼鉄の鼠がハンターを相手に大立ち回りを繰り広げていた。



 一目見て分かった。



 あれが、と。



 神器という物自体はよく母様に聞かされていた『騎士と剣』等の物語でよく知っていたが、母様曰く、実物の神器は物語の様な物ではないと言っていた。



 自分の理想と現実の剥離の大きさに脳の理解が追いつかず、彼女は束の間硬直した。



 だが彼女の硬直は、誰かに横っ面を張られることで強制的に解かされた。



 痛む頬を摩りながら目を白黒させていると、頭を掴まれ強制的に視線を合わせられた。



 横っ面を張り、頭を掴んで視線を強引に返させた犯人は、黒い髪をしたあまり特徴の無いギルド職員だった。



 職員の青年は彼女に怪我人を運び込むように早口でまくし立てると、彼女の返答を待たずに離れて行き、付近にいる手の空いている人たちに同様の指示を出して回っていた。



 その姿に、憧れて止まない騎士の面影を見た彼女は強い使命感に突き動かされ、言われた通りに怪我人を運び込み続けた。



 3人目の怪我人を運び終えたところで、凄まじい雄たけびと破砕音が聞こえ、外に出

 ると新たに表れた鋼鉄の怪物が、鋼鉄の鼠を相手に互角の戦いを繰り広げていた。



 鋼鉄の怪物同士の火花散る熱く、そして血肉の通わない冷たい人外同士の戦いに彼女は目を奪われた。



 そして鼠に対峙する鋼鉄の怪物が、彼女は先ほど人々に怪我人を運び込むように指示して回っていた人だと直感で理解した。



 彼女は夢中になって鋼鉄の怪物を応援した。途中攻撃を食らって吹っ飛ばされたところで息を呑んだが、反撃の大砲を鼠に食らわせた時には周りの人々と同じように歓声を上げた。



 その後、次の日の早朝に彼らはこの町を発つという情報が齎された。町の住民たちは騒然となった。



 まだ何の礼もしてないのに、このままみすみす町を出させてなるものか!



 古くからこの町で道具屋を経営している老テムジンの言葉に、町の住民たちは同意して頷き、口々にチユキへの恩を口にした。



 その通りだぜ爺さん、あいつにはいつも良くしてもらったんだ、俺はあいつに命を救われた、俺なんかハンターになりたてのころから世話になりっぱなしさ、何だお前もか、僕だってそうさ!



 あちこちから発せられる感謝の言葉に、彼はよほど慕われているのだなぁ、と彼女は感想と尊敬の入り混じった感情をチユキに抱いた。



 その後、なんやかんや意見が交わされ、王都への馬車あしの用意と彼が動かなくても済むように護衛を買って出ようという結論に落ち着いた。



 で、その案で決まると今度は護衛の枠を巡った激しい争いが巻き起こった。傷だらけで歩くのがやっとな有様のロックガンのメンバーが俺たちに任せろと言い、お前らでは役に立たないと比較的傷の軽いハンターの一団が名乗りを上げ、たちまち両者の間で乱闘が始まった。



 もちろん彼女も枠を巡った争いに参加し、激闘の末何とか最後の一枠を勝ち取る事に成功。



 いつの間にか夜が明けていたこともあって、枠が埋まったと同時に門の前へ直行。程なくやって来たアグラヴェインとチユキはあっけにとられたように集まった人たちを前に硬直した。



 それから頭を抱えて喚くチユキの説得に成功した彼女たちは、二人の乗った馬車と共に意気揚々と町を出た。



 町を救った英雄の護衛をできるなんて、なんてすばらしいのだろう。



 彼女の胸の中は誇らしさでいっぱいだった。これで私も一人前の騎士に一歩近づけただろうか?今の自分を亡き父が見てくれたら、何て言ってくれるだろうか?



 もしかしたら、これから行く王都で私も騎士になれるかもしれない。何でもあの人と一緒にいた人は軍のお偉いさんというではないか。頼み込めば騎士団への入団試験くらいなら受けさせてくれるかもしれないぞ!



 彼女の中に、久しく忘れていた希望の光が灯った。



 この後彼女は望み通り騎士団へと入れることになるわけだが、それは彼女が考えていたものとは全く異なる展開を辿ってだった。



 その日、少女は運命に出会った。




 *




 気が付くとチユキは映画館の真ん中あたりの座席に、一人ぽつんと座っていた。



 きょろきょろと周りを見回すが観客は誰もおらず、チユキは途方に暮れた様に茫然と天を仰いだ。



 内装は全体に古く、昭和時代の趣を思わせる。背後を見ると、映写機が置いてあった。



 近寄ってよく見てみようと思ったが、どうやっても立ち上がれず、躍起になって立ち上がろうとしてるところ、背後の映写機が音も無く起動し、スクリーンに何かを映し出し始めた。



 チユキは立ち上がろうと藻掻くのを止め、スクリーンに映し出された映像を注視した。



 初めの内は砂嵐めいたノイズでとてもじゃないが何が映っているのか分からなかったが、徐々に映像は鮮明になり、ついにはノイズも完全に消え去って見られるようになった。



 どこかの手術室だろうか。手術台の上に乗せられた男を、手に手に様々な武器や防具を持った黒ずくめの集団が取り囲んで、何やら話をしている。



 はてこの手術室、どこかで見覚えがあったような…?



「そりゃあそうさ、だってあそこは君が神器になった原因の場所なんだからね!」



 隣から声を掛けられ、そちらの方を向くと、奇妙な格好をした女がにやにや笑いを顔に張り付けて、こちらに顔を向けていた。その手にはポップコーンが握られている。



「お前は…」



 問いただそうとしたところ、口の中にポップコーンをねじ込まれた。睨みつけると、彼女はくすくす笑い、顎をしゃくって画面を見るように促された。



 チユキは舌打ちし、不服そうに画面の方に顔を戻した。それでまた女は笑った。チユキは女の事を頭から締め出し、画面に映る過去の映像に集中した。



 映像はつつがなく進行し、ついに黒服連中は自分の体にメスを入れ、手術は開始された。



「うげぇ~…あんなズバズバ割かれてたのか俺の体、うわっ、血がいっぱい出てる…キモッ!」

「あっはははははは!」



 淡々と執行される改造手術に、チユキは思わずドン引き、女はおかしくてたまらないといった感じでゲラゲラ笑った。



 と、そこで異変が起きた。剣が彼の体に押し込まれるや否や、体がびくりと痙攣し、何と体の中から滅茶苦茶に多種多様の武器が生えてきたではないか。



「うおっ、何だ!?」

「あ~ありゃ魔法の暴走だね。君の扱ってる武具生成クラフトウェポンが手術の影響で暴走しちゃったんだ」



 そうこうしている内に事態は急展開を迎える。滅茶苦茶に生えた剣が、斧が、槍が、数多の武器が黒ずくめの集団をずたずたに引き裂いてバラバラの肉片に変えた。



 運の良い何人かはその大放出の魔の手から逃れられたものの、射出された弓矢やらなんやらに全身を射抜かれた。



 死屍累々の地獄絵図。生き残りはいないかと思われたが、一人だけ幸運にも、否、その怪我の具合から見て不幸にも生き残ってしまったその黒服は、びっこを引きながら、憔悴した足取りで部屋から逃げていった。



 部屋から生き残りは完全にいなくなり、誰も見ていない中でも変化は続いて行く。何と今度は数多の武器が彼の体内へ吸収されていくではないか。その中には黒服たちが持っていた武器防具も含まれていた。



 すべて取り込み終えると、切り開かれていた部分が急速に再生してゆく。それからしばらくすると、彼は呻きながら目を覚ました。



 映像はそこで終わった。



「ま、これが事のあらましだね」

「聞きたいことが山ほどあるんだが、今は一個だけ」

「ん~?」



 女はすっとぼけたように首を傾げた。



 分かり切ってるくせに白々しいやつ。



 チユキは心の中で毒づくと、不快感も露に口を開く。



「昨日の鼠はお前の差し金か?」

「あったり~!」



 クイズ番組の司会者よろしく人差し指を向けて肯定する女に、チユキは反射的にボウガンを手に作り出し、躊躇なく引き金を引いた。



「わっはっは、容赦ないな!」



 受けたって効きやしない癖に、女は額に向かって飛来するナイフを人差し指と中指で挟んで止めた。



 チユキは舌打ちをし、小さくクソっ、と吐き捨てた。もとより当たるなど思っていなかったが、それでも実際に止められるのを見せられると癪に触った。



「クソ…、あのカスを送り込んできた理由は俺の能力を見定めるためか?」



 チユキからの問いに女はそうだよ、と肯定した。



「で、判定は?」

「う~ん正直結晶態を見るまで何とも言えないけど…、ちょっと予想外だったかな」

「どういう意味で?」



 やや言い淀む女の物言いに、チユキは眉をピクリと動かした。



「君の力を鑑みて、きっと君の圧勝だと思ってたんだ。でも蓋を開けてみたら思ったより苦戦してるし、めっちゃ痛がってたし…、ていうか何で神器なのに君痛覚あるの?」

「俺が知るか」



 チユキは吐き捨てるように言った。



「まあともかく、この後君の結晶態を見ない事には結論が出せないってことさ」

「この後だと?おいそれはどういう」



 チユキが疑問の言葉を発するのと同時に、空間に亀裂が走り、世界の崩壊が始まった。



「うふふ、夢の外では何か起こってるみたいだぜ。早く目覚めてあげなよ」

「…またお前の差し金か?」



 その言葉に女は何も答えず、ただ意味深な笑みを浮かべながら無言で彼の顔を見つめていた。



「クソ…、お前はいつか絶対にぶち殺す」

「うんうん、その意気その意気。、精々頑張ってくれたまえ」



 捨て台詞を軽く受け流した女は小馬鹿にした表情を浮かべ、手をひらひらと振った。その姿にただならぬ殺意を抱いたチユキは瞬時に転化して飛び掛かろうと画策したものの、結局転化も何もできないまま世界の崩壊の中へと消え去った。



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