第14話 チュートリアル1 素体編2
「殺す!」
鼠は『前歯』でチユキの頭を叩き割ろうと頭上から切り付けてきた。チユキは横に跳んでかわすと長剣を生み出し、鼠に向かって切りかかった。
鼠は斬撃を見た目通りの素早さでかわすと、右前足で殴りかかってきた。
大ぶりな殴打を潜り抜けるようにしてかわしながら、チユキは鼠の脇腹を切りつけた。
鼠は切り付けられたことにまるで動じず、それどころか怒り狂って滅茶苦茶な連撃を繰り出した。
チユキはそれを真っ向から迎え撃った。
たちまち二者の間で火花散る激しい攻防が繰り広げられた。
鼠の『前歯』での連撃をかわし、捌き、あるいは弾き、チユキはその都度攻撃を当てて確実にダメージを与えていった。
あまりの超速戦闘に歴戦のハンターすら残像を追うので精一杯の有様だが、どちらが優勢なのかはすぐに分かった。
鼠はかわされる度に怒り狂い、攻撃がどんどん単調になっていくのに対し、チユキの方は全く動じることなく淡々と、機械の如き正確さで着実に攻撃を当てていた。
ハンターたちが束になってもかすり傷すら付けられなかった鼠の体に、浅いが、それでも確かに切り傷がついていた。
周りで戦いを見守る者達は二人の動きを目で追えていないのが現状だが、しかし鼠の体に傷が目立ち始めると、早くも勝った気でいる者すら出始めていた。
しかし、周りの浮ついた雰囲気とは正反対に、チユキの胸中は暗かった。
どうなっている?どうしてこいつはこんなに攻撃を食らっているのに動きが鈍くならない?こいつの性格上、攻撃を当てられたら大げさなぐらい叫ぶはずだ。
なのになぜこんなに平然としている?まるで痛みを感じていないみたいだ。
チユキの感じた疑問は攻撃を当てる度にどんどん膨らみ、そして次の出来事でほぼ確信した。
鼠が一向に攻撃を当てられない事に苛立ち、とうとう闇雲な突進を仕掛けてきた。
チユキはこれをずっと待っていた。
「もらった!」
やすやすと突進をかわすと、チユキはその無防備な背中を思い切り切りつけた。
勝負あり。チユキを含めたこの場の誰もがそう思ったが。
しかし。
背中を深く切られ、流石の鼠もたたらを踏んだが、だがそれだけだった。
「何ぃ!!?」
「チュハハハハ、非力!」
「っ!しま!?」
鼠は普通なら戦闘不能になるであろう大怪我にも変わらず、何ら戦闘に支障をきたしていない様子で、持ち前の反応速度で瞬時にチユキに向き直ると、頭突きを繰り出した。
予想外の反応に、対応の遅れたチユキは咄嗟にかわそうと体を捻ったが、よけきれずに脇腹をどつかれ、きりもみ回転して吹っ飛んで地面を転がった。
「が、がは…ごほ……」
チユキは今まで感じた事の無い激痛に堪らず喘いだ。体が爆散するかのような衝撃だった。どつかれたのは脇腹なのに、衝撃で全身が軋む。
立ち上がろうと四肢を踏ん張るが、痛みがそれを阻む。
鼠はゆっくりとした足取りで近づき、喘ぐチユキを見下ろした。
「チュ~何やってるっチュ?さっさと立って戦うっチュ~。神機同士の戦いなんて初めてだからもっと楽しませろっチュ~!」
しかし一向に立とうとしないチユキに、鼠はまさかと思い、ある可能性を口にした。
「お、お前まさか、痛いのか?」
「だ、黙りやがれこのスカタン…!」
チユキは精一杯平静を装って見せるが、誤魔化し切れないくらい苦痛は大きかった。
「チュハハハハ、チュハハハハハ!こいつは傑作っチュ!お前神機の癖に痛覚があるっチュ?チュハハハハハハ!」
腹を抱えて大笑いする鼠に、こんな奴に笑われたままでいられるか、と負けん気を爆発させたチユキは立ち上がると、再び鼠に切り掛かったが、痛みに鈍った体では思うように動けなかった。
「チュ~出来損ないの屑!」
「ぐおっ!?」
その隙を見逃すほど鼠は優しくなく、チユキは顔面を殴り飛ばされ、再び地面を転がった。
「ぐわ、ぐわわ……」
チユキは呻き、大げさすぎる程に頭を振って、朦朧とする意識を繋ぎ止めようと努めた。
鼠は彼の様子に何ら違和感を持つことなく、勝ち誇ったようにチュウチュウと嗤うと、ゆったりとした足取りで止めを刺すために歩み寄った。
立ち上がろうと悪戦苦闘するチユキの胸を踏みつけて押さえつけると、鼠
は優越感たっぷりに、尊大に言い放った。
「チュッチュッチュ~、最後に言い残すことはあるか、ん?」
チユキは喘ぎ、何とか顔を上げて鼠を睨め付け、掠れるような声で何事か呟いた。
「…
「あ~ん、聞こえないぞぉ~。もっとはっきりと喋ったらどうっチュ~」
チユキの言葉を聞き取ろうと、鼠はわざとらしく耳をそばだてた。最早完全に自分の勝利を疑ってすらいなかった。
「…かめ……」
「もっと声ぐらい出せよ。何度も言わせるなっチュ」
「馬鹿め」
「え?」
鼠は思わず耳をそばだてるのを止めて、チユキの方に顔を向けた。
チユキは鼠を真っすぐに見つめながら「大口」を開けており、そこから黒光りする大砲がせり出して、鼠に向かって死を告げていた。
「え?」
鼠の疑問の言葉は、発射された大砲の轟音にかき消されて霧散した。
発射された砲弾は鼠に向かって真っすぐ突き進み、胴体のど真ん中に着弾し、盛大な爆発を引き起こした。
着弾の衝撃は凄まじく、何人もの観戦者がよろけて尻もちをついたほどだ。
「お前には窮鼠猫を噛むって言葉を教えておくぜ。
痛てて、と肩を抑えながら立ち上がり、バタバタと藻掻く鼠に近づきながら吐き捨てた。
鼠の体には大穴が開いており、そこここに胴体の破片が飛び散っていた。
衝撃で手足はねじ曲がり、最早立ち上がる事すらできないだろう。ご自慢の『前歯』は根元からへし折れており、彼のすぐ真横に突き立っていた。
だが尋常の生物なら絶命必至の大怪我なのに、悶えこそすれ大人しくならないのは、それこそが彼らが痛覚を有していない事の証拠であった。
鋼鉄の体に、痛覚の無い獣めいた気性の荒さ。
おかしな奴。
チユキは無感情に呟きながら歩み寄り、冷めた目で悶え苦しむ鋼鉄の腹方を見下ろした。
「なんで、なんで、お前剣の神器じゃないのかよぉ!?」
「どうやら俺は違うらしいぜ」
チユキは右腕をハンマーに変え、高々と掲げながら言った。
鼠はチユキの右腕がハンマーに変化したことに悶える事すらやめて大層驚いた。
神器の事を知っている者ほど、チユキの異常性への驚きは強い。
しかし今はそんな事などどうでもいい。とにかく媚びてでも死を回避せねば。屈辱だが、やるしかない。鼠はチユキの異常性に一筋の望みをかけて説得を試みた。
「ま、待て!同じ神器を殺すのか?か、考え直せ!そうだ、お前を教団に紹介してやるっチュ!『神祖』みたいに複数の武器に変化する事が出来るお前ならきっと好待遇っチュ!」
「虫の息の鼠の戯言なんぞ、馬の糞よりも価値は無いわ」
しかし鼠の渾身の命乞いをチユキは切って捨てた。
「チュ、チュ~!!や、ヤメロー!」
「くたばれ害獣!」
かくして大槌は振り下ろされた。
ありったけの力でもって振り下ろされた槌は、諦めきれずにまだ喚いている鼠の頭をあっさりと叩き潰し、先ほどの砲弾の直撃の比では無い粉塵を舞い上がらせた。
粉塵が晴れると、そこには隕石でも落ちてきたかのようなクレーターが出来ており、中心地にはチユキだけが立っていた。
彼の周囲にはかつて鋼鉄の鼠だった残骸が散らばっていた。彼の槌の威力は頭を叩き潰すには飽き足らず、衝撃で全身すら粉々に打ち砕いたのだ。
「け、あの世で弁舌でもたれてやがれ」
チユキは変身を解いて人の姿に戻ると、鼠が倒れていた場所に血の混じった唾を吐き捨てた。
それからチユキは一跳びでクレーターから出てくると、周囲で戦いを見守っていた人々が一斉に駆け寄ってきて彼を揉みくちゃにした。
「どわあああああああ何だぁ!!?」
群がってきた人々は恐らく労いや感謝の言葉を口にしているのだろうが、一斉に喋っているので何一つ聞き取れなかった。
「いやぁ大苦戦でしたね、でもおかげでいい物が見れました。まさか『神祖』と同じ武具の神機とは」
大歓声の中で不意に聞き取れる言葉が耳に入り、そちらを見ると、いつの間にかアグラヴェインがそこにいた。
「お前……」
「どうして手伝わなかったって言う質問なら、神機同士の戦いに人間などあまり役に立たないから、としか答えられませんよ」
「ちっ……」
言おうとしていた言葉を先回りされ、チユキは心底不快そうに舌打ちをした。
「ま、何にせよこれでようやく出発できそうですね」
「そーだな、ていうかいつまでてめーらは群がってんだよ!」
チユキは群がる人々に怒り心頭で吠えるが、歓声やらなんやらにかき消され、結局出発できたのは次の日になってからだった。
*
「おい何だこれは」
開口一番、チユキは目の前の光景に苛立ちも露に呟いた。
次の日、チユキとアグラヴェインの二人は人目を避けるため、早朝に町を発つことに決めていた。
しかしどこから話が漏れたのか、門の前には老人から子供まで、チユキにとって見覚えのある顔ぶれがそこにはすっかり揃っていた。
「おいどうなってる、何でこんなに人が集まってんだよ、こういうのを避けるために俺らはこんな早朝に出発するはずだったろ?」
「いやぁチユキさんの人望を舐めてましたね」
チユキはじろりとアグラヴェインを睨みつけたが、彼は飄々とした態度を崩さずけろりとしていた。
「感心してる場合かインポ野郎。このままじゃ町から出られんぞ」
「イン!?だ、誰がインポですか!!誰が!」
「ありゃ道具屋の爺ぃじゃねぇか。あ、あいつはトムの野郎だな。どいつもこいつも朝碌に起きてられない寝坊助の馬鹿垂れ共が、一体どういう風の吹き回しだ?」
激怒するアグラヴェインの言葉を一切無視し、チユキは人だかりを眺めやり、訝し気に眉を寄せた。
このまま見ているだけでは埒が明かないので、取り合えず話が出来そうなハンターの一人を捕まえて話を聞くと、自分たちが早朝に出る事を聞きつけた彼らは、礼の一つでもしたいと押しかけてきたわけだ。
「ふざけんな、んなもん要らねぇからとっとと失せろ」
チユキの一喝に、しかし彼らは頑として動かなかった。
彼ら曰、今まで散々世話になったのに、このまま何もしないなんて耐えられないそうだ。
結局ひと悶着の末、馬車が一台とその護衛のために数名のハンターが付き添うことになった。
「ではしゅっぱぁーつ」
間の抜けた掛け声と共に、チユキとアグラヴェインを乗せた馬車は歓声に包まれながら出発した。
馬車の周りには数名のハンターが、まるで国王から勅命を得た騎士の様に誇らしげな顔で手を振り返していた。
このとんでもないアホ共を、自分は一体どうして守ってしまったんだろうか?
馬車の中で、凄まじく不機嫌そうに顔を顰めながら、チユキはそう思うのであった。
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