第11話

「存外、悲観する様な事でも無いんじゃないか?」



 姿見鏡に映る自身の姿を見ながら、チユキは何とはなしに呟いた。



 気絶から覚め、呻きながら起き上がるとすでに夜は明けていた。



 チユキは目をしばたき、それから何かを確認するように周りを見た。しかしどれだけ見てもそこは手術室ではなく、普段見慣れた自宅だった



 朝の日差しが部屋を照らしだし、



 朝の日差しが眩しい。チユキは思わず手で日光を遮った。とそこでチユキは自分がベットの上ではなく床の上に横たわっている事に気が付いた。



 だが変わっている事と言えばそれだけだった。床の上で寝ているという事以外では、いつも通りの朝だった。



 なぁんだ、やっぱりそうか。



 チユキは一人呟く。



「あんなことが現実に起こる訳が無い。そうとも、人非人の屑共に拉致されて改造人間として生まれ変わりました、だなんてあるわけ無いじゃないの。創作じゃないんだから、全く夢っていうのも酷いもんだぜ」



 チユキはそう自分に言い聞かせようとしたが、鏡の前で気絶したこともあって自分の姿がすぐ目の前に映っていた。



「本当に夢だったらよかったのに……」



 鏡から見つめる自身の姿は、やはり最後に見たものと何ら変わりは無かった。



 体の全てが剣で構成されている怪物が、どこかで見た青年と同じ様な目つきでこちらを見つめていた。持ち主の心情を現すかのように「尾」はだらりと力無く垂れ下がっている。



 チユキは必死になって合理的な理由をつけて今ある現実を否定しようとした。



 拉致されはしたが改造ではなく薬の実験台にされ、その効果で幻覚が見えるようになった。



 改造はされた。しかしそれは身体改造などではなくロボトミー手術の様に頭を切り開き、脳味噌を直接弄られたのではないか。



 この世界そのものが俺の空想の産物!(←これが一番そうであって欲しい👍)



 そうもっともらしい理由を見つけては、目の前の現実と照らし合わせてみたものの、どうにもしっくりこない。



 全く馬鹿げた妄想の類にしか思えないのに、外ならぬ現実がそれを否定してくるという異常事態が起きていた。



 チユキはため息を吐き(こんな状態で息を吐いたりする意味があるのか甚だ疑問だが)、ついに今の姿を渋々受け入れた。というより受け入れざるを得なかった。



 受け入れたとくれば、次は現状の把握をせねばならない。



 チユキは鏡に映る自分の姿をまじまじと観察した。



 見るだけでなく立ち上がり、手を握ったり開いたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねてみたり、ポーズを決めてみたり、少し体を動かしてみたりした。



 そうして長々と見ている内に、これはこれで悪くないのではないかと思い始めた。



 喉元過ぎれば熱さ忘れるというもので、自分の身に起きた劇的な変化を受け入れたチユキは徐々にこの体のメリットに目が行き始めた。



 元々現状の変化を望んでいたのだ。これこそまさに望んでいた現状の変化ではないか。そのうえ変身願望まで満たせたとなれば、チユキの雪の降り積もった寒冷地の様な心も次第に熱を帯びてきた。



 普通の人間ではなくなったことについてだが、もとより一度死んだ身なため、チユキにはそこまで執着が無かった。寧ろただの人間が改造され、改造人間として生まれ変わったという経緯が物語そのもので、チユキの気持ちを高揚させるのに一役買っている始末だった。



「へえぇ、よく見れば結構かっこいい造形してるじゃない?」



 チユキは鏡と肉眼の両方で自分の体を観察しながら呟いた。



「そんでこいつは」



 と、チユキは首を捻って腰から生えてる「尾」を見下ろした。



「ふぅ~む……」



 チユキは「尾」を手に取って持ち上げ、不思議そうにそれをまじまじと見つめた。



 チユキの体は支部長の変身した姿と違い、概ね人の姿を維持している。パッと見た限りでは鎧を着た人間に見えなくも無いが、その「尾」の存在が彼を人ならざる者へと変えている。



 チユキは「尾」をさっと離した。「尾」は途中まで重力に従って落ちていったが、半場でぴたりと止まり、本人の意思とは関係なくゆらゆらと揺れた。



「……」



 チユキは「尾」に意識を注ぎ、試しに左右に振ってみた。「尾」はごく自然に左右に揺れ、全く違和感らしい違和感を感じなかった。



 始めはおっかなびっくり縦や横に「尾」を動かしていたが、だんだんコツが掴めてくると勢いよく振り回してみたり、椅子に巻き付けて持ち上げてみたりした。



 今まで全くなかった器官のはずだが、まるで生まれた時からあったかのように自在に動かせることに、チユキはえらく困惑した。



「そう言えば支部長の奴、自分の事を「頭部鎧ヘルム」の神機」何て言ってたな。となると、俺は剣の神機になるのか?」



 考えても仕方ないと頭を切り替えたチユキは、ふと支部長が言っていた言葉を思いだしていた。



 チユキは両掌を思いつめた様に見つめると、一旦目を閉じ、思い切り頭の中で念じてみた。



「うおぉおおおおおおお変われ変われ変われぇ~!!」



 そうして目を開けてみると、狙い通り、チユキの両手は無骨な剣へと変わっていた。



「おぉ~!」



 チユキは感嘆の声を漏らした。しばらくそれをいろんな角度から眺めたり、振り回して堪能した。



 しかし感激と同時に物足りなさも感じていた。



「でもなんか剣だけだと味気ないよなぁ……、腕よ~ボウガンに変われ!なんちゃって」



 チユキの腕は念じた通りに剣からボウガンへと変化した。



「え゛っ!?」



 チユキは驚きのあまり目を丸くした。冗談半分で念じたのに、まさか本当に変化するとは思ってもみなかった。



「え?え?」



 訳も分からずボウガンに変化した右腕と剣のままの左腕を交互に見た。それからチユキは恐る恐るといった感じで左腕に大砲に変わるように念じてみた。



 するとベキベキと異音を立てながら、左腕は大砲へと変化した。



「なんてこった……」



 チユキは茫然と呟いた。



 その後どれだけ変化できるのか試すため、思いつく限り腕を変化させ続けた。槍、斧、ナイフと言った武器、挙句の果てには盾にすら変化する腕を見て、チユキの困惑はますます高まってきた。



 驚いたことに彼は鎧といった防具にすら変化することが出来た。尤も支部長の見よう見まねで変化したとたん、地面に落っこちて身動きできなくなったのだが。



「ぐわわ……」



 チユキは何とか鎧から元の人型に戻ると、再び両掌を見つめた。掌は興奮で震えており、鏡を見ると唯一感情を窺える瞳からは感激と興奮が読み取れた。



「すごいぞ、体こそ剣で構成されているが、その実俺はあらゆる武具に変化することが出来るんだ!こりゃあスゲェ!」



 チユキは普段の姿からは想像できない程のはしゃぎ様で、まるで子供の様にぴょんぴょんと飛び跳ねて興奮を現した。



「あれ、でもどうやって人の姿に戻るんだ?」



 チユキははっとなって体の動きを止めた。だが散々体を武器に変えてきたから、戻り方もなんとなく分かっていた。



 チユキは目を閉じ、元の体に戻るように強く念じた。そうして目を開けて鏡を見ると、思った通り。鏡には剣で構成された怪物ではなく、うだつの上がらない冴えない青年が映っていた。



「よかった、ちゃんと戻れる…!」



 チユキはほっと胸をなでおろし、それから確認する様に腕に念を送った。



 腕は念じた通り剣へと変わり、これが夢でも何でもない事をチユキに証明した。



「よ~し、今日ギルドに行って報告しに行く予定だったけど、予定変更だ。まずはこの体の事を知らなくちゃな!じゃなきゃ日常生活にも支障が出ちまうし、これは必要な事だぞ!うん!」



 そう自分に言い聞かせると、チユキは素早く身支度を整えて家を飛び出し、風の様に町の外に広がる森へと向かって行った。



 先ほどまで感じていた悲観など、頭の中から完全に消え去っていた。



 今彼の心を占めているのは、一刻も早く自分の能力を試したいという欲求だけだった。



 森に着いた彼は人の気配が無い事を確かめるや早速変身し、新しくなった体の試運転を開始した。



 軽く試しただけで、チユキはたちまちその凄まじい能力の虜になった。



 岩すらたやすく切り裂ける「体」、10メートル以上も跳び上がれる跳躍力、「尾」の一撃はたやすく巨木を切り倒す。



 素早さもまた凄い。昨日は全く制御できず、どれだけ速度が出ているかなんて気にする余裕などなかったが、いざ平時の状態で全力疾走してみると、スポーツカー並みの速度が出ている事に気が付いた。



 腕を変化させた武器の威力は、チユキの予想を遥かに超えていた。ボウガンは岩を貫くどころか木端微塵に破壊する威力があり、大砲の破壊力は戦車もかくやという凄まじさ。



 更に魔力も上がっており、魔法の精度も格段に向上していた。



 驚異的な能力の数々に、チユキは思わずほうっとため息を吐いた。



 朝早くから全く休みなしで体の具合を確かめ続け、気づいたころには陽が傾きかけていた。



 それだけ彼は夢中になっていたのだ。



「くっ……くくく……!」



 チユキはぶるぶる震えながら俯き、それから大きく仰け反って哄笑した。



「グワッハハハハハハハ!!!」



 チユキは笑った。腹を抱えての大笑いだった。今までの人生でここまで笑ったことは初めての事だった。



 普段のチユキらしからぬはしゃぎ様だが、ほんの少し前まで自分に何一つ肯定的な物を見つけられなかった人間が、ある日突然強大な力を与えられればこうもなろうか。



 夕暮れの光に照らされた鋼鉄の怪物の大笑いをもし見る者がいたら、そのあまりの禍々しさに戦慄を禁じ得ないであろう。



 今のチユキは明らかに人から遠く離れた怪物そのものだった。



「くく…ふぅ…、さて、今日のとこはひとまず帰るか」



 ひとしきり笑い終えるとチユキは変身を解き、このまま家に帰ろうかと踵を返したが、その途中ではたと足を止めた。



「そういえばあの施設はどうなったのだろうか?無人になってからまだあまり時間は立ってないだろうし……よし、見に行ってみよう!」



 これまた普段のチユキらしからぬ考えだった。普段のチユキなら教団の施設といったあからさまに怪しい場所に自ら赴くなど決してしない。



 しかし今の気の大きくなった彼はいざとなれば逃げられるだろうと、根拠のない自信に突き動かされ、方向を町から施設の方へ転換して迷いなく駈け出した。



 瞬く間に施設を塞ぐ大岩の前まで付くとその勢いのまま腕をハンマーに変換し、一撃で叩き壊した。



 そうして強引に入り口を開けると、チユキは堂々と侵入を果たした。



 中へ入り、全然見られなかった施設を見てやろうと奥へずんずん突き進んでいったが、途中で瓦礫に阻まれてこれ以上前に進めなくなった。



「あ~さすがに放置するわけないか……」



 ちぇ、とチユキはつまらなそうに瓦礫を蹴っ飛ばすと(その一撃で前方の瓦礫は大きく吹き飛んだが、施設全体が瓦礫の山らしく、その奥にも瓦礫がぎっしり詰まっていた)、とぼとぼと家路へ向かって進み始めた。



 チユキは特に気に留めなかった。大方教団が証拠隠滅でもしたんだろう、くらいにしか考えなかった。



 まさか施設を破壊した張本人が自分を訪ねてくるなんて、超人へと生まれ変わって浮かれていたチユキには思いもしなかった。








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