第4話
「「ユキ兄ぃ、絵本読んで!」」
「あぁ?」
たった今魔物の生態についての本を読み終え、さあ次の本を読むぞ、と息巻いていたところで、数人の子供が嬉々として本を持ってきて読み聞かせろと強襲してきた。
強襲という物はタイミングが重要である。遅すぎてもダメだが、かといって早すぎてもダメだ。適切なタイミングで適切な攻撃を、これが強襲の鉄則である。
そこを踏まえて考えると、なるほど、このガキ共には強襲兵の素質があるな、とチユキは思った。
「おいガキ共、今の俺が何してるか分かるか?」
「うん!本を読み終えたところでしょ?」
「終わるまで待ってたんだ!」
「だから読んで!」
やはりこいつらは強襲兵になるべきだな、とチユキは憤慨する頭で思った。
「ふざけんじゃねぇ、俺は今お勉強で忙しいんだよ。てめぇらの親にでも読んでもらえ」
チユキは内心の憤慨を悟らせないように声を抑えつつ、武器を突き出して脅してくる強襲兵たちに追い払うように手を振りながらきっぱりと言い放った。
テロリストたちはきょとんとした顔でチユキを見つめ、それから声をそろえて言った。
「お母さん字、読めないの」
「うちのじいちゃん算数もできないんだぜ!」
「パパもママも忙しいからチユキお兄ちゃんに読んでもらえって」
「だと思ったよ糞たれ!」
チユキは叫びながら、何て教養のない連中なのだろうかと、村人たちを散々に罵倒した。
しかしこの時代の識字率など都会ですらたかが知れている。こんな辺鄙な村などなおさらだ。この時代は基本的に肉体労働が主なわけだから、計算や字が読めることは二の次にされる傾向が強い。
チユキの怒りは少々的外れと言えた。
「えぇ~!いいじゃん今読んでくれたって!」
「そうだそうだお勉強なんて後ででもいいでしょ!」
「兄ちゃん読んで~!」
「読め~!」
「~~~~~~ッッッッ!!!!」
テロリストたちは要望が通らないと見るや、即座に彼を取り囲み、音響兵器を使用してチユキの精神に揺さぶりをかけてきた。
「ガアアアア耳元で喚くなああああああ!!!」
チユキは必死に抵抗した。耳も塞いだ。目もつぶった。しかしテロリストたちの執拗な拷問に、ついに彼は屈してしまった。
「ああ糞、分かった!分かったからそのうるさい口を今すぐ閉じろ!」
「「わ~い!」」
テロリストたちは彼に群がり、手元の武器を思い思いに突き出した。
「ええい順番を決めろ馬鹿!そんないっぺんに来られても読めるわきゃねぇだろ馬鹿!」
チユキの一喝にテロリストたちは誰が一番かこぞって言い争い、それにまた切れたチユキの一声でようやく順番が決まった。
チユキはイライラしながら一番になった子供から本を奪い取ると、どっかりとその場に腰を下ろした。
「畜生!一番初めに読むのは『騎士と剣』だ!とっとと座れジャリ共!」
「「はぁ~い!」」
子供らはチユキに言われるがままにその場に座り込んだ。全員が聞く姿勢になったのを確認すると、チユキは乱雑に本を開き、怒りをにじませた口調で読み始めた。
「昔々ある所に!!」
「「わぁあああああ!」」
*
「くそ、あのガキ共……」
チユキは帰路につきながら、心底忌々しそうに呟いた。
あの後チユキは集まった子供に差し出される本を片っ端から読み聞かせ、すべて読み終えるころにはすっかり昼過ぎになっていた。
途中何度このガキどもに本を投げつけてやりたいと思ったことか。チユキはうんざりとため息を吐いた。
クソガキ共め、何だって今日に限って本何て読もうなんて思ったんだ?いつも通り森で遊んでいればいいものを。
そして獣かモンスターにでも食い殺されてしまえばいいのに。
そうとも、それが一番誰もが幸せになれるではないか。
チユキは眉間にしわを寄せながら一人ごちる。
親は鬱陶しいガキが消えて清々する。俺は構ってくるガキ共が消えて嬉しい。ガキどもはこれから先の糞みたいな人生を生きなくていい。
皆ハッピーだ。これ以上素晴らしい案が他にあるか?
「はぁー………」
チユキは再度ため息を吐いた。あまりにも大きなため息だったから、他者の耳にも届いた。彼がいる事に気が付いた農夫が薪割りの手を止め、手を振りながら声をかけてきた。
「お、チユキか?お~いい所に来た!こいつを割るのを手伝ってくれや」
「は?」
チユキは声が聞こえた方に顔を向け、農夫の姿を確認するや眉間の皺をより一層深くし、中指を突き立てながら言った。
「お断りだ腐れ馬鹿、んなもんてめぇのガキにでも手伝ってもらえよ。あの無駄飯ぐらいのデブは何処に行った?」
「ひでぇ言い草、でも当たってるのが嫌になるぜ。アーノルドの奴はいつもの様に」
と言って農夫は森がある方向を指さして言った。
「手伝いを嫌がって森に逃げ込みやがった」
「…あのデブさっさと死なねぇかな」
チユキは木こりに近づきながら淡々と言った。
「何でもう10にもなる奴が仕事の手伝いもせずに遊び惚けてるんだ?任された仕事もできないのならいっそ絞め殺してしまえ。そうすればてめぇら家族の食い扶持も増える、俺は不愉快にならない、良い事尽くめじゃないか。何故そうしないんだ?」
「……お前凄いな、5歳の言う言葉じゃねぇぞ」
チユキは射殺さんばかりに農夫を睨みつけ、心から嫌そうなのを隠しもせずに舌打ちし、手の中に小ぶりな斧を作り出すと渋々薪割りを始めた。
この世界の人間は魔力という物が流れているからか身体能力が高い。そのうえ魔法という物もあるから、子の助けが無くても大人だけで仕事を日暮れまでに終われせることが出来るため、子供は比較的自由に遊ぶことが出来た。
だがやはり年からくる衰えには抗えず、都会ならともかく、田舎なら特に若手の助力が必要な場合も多い。
山のように積み上がっていた薪も、二人がかりなら30分ほどですべて割り終えた。
「おぉ、もう終わったぞ、さすがチユキだ。助かったぞ」
農夫の礼に舌打ちで答えたチユキは、さっさと背を向けていた。
「いつもお前は嫌々言ってても手伝ってくれるよな」
「……」
背にかけられた言葉にチユキは一瞬だけ足を止めたが、結局何も言わずそのまま歩き去った。
帰路につきながら、チユキは今しがた農夫に言われた言葉を思い返していた。
チユキとて自分の口と頭が悪い事くらい自覚している。しかし口の悪さは性分なもので、一朝一夕で変えられるものではないし、チユキ自身変えるつもりも無かった。
村社会では評判という物は超重要事項だ。それ一つで良くも悪くも過ごしやすさが変わる。口の悪さは変えられない。かといってそのままにしておけば村八分にされるだろう。
ならどうするか?
出した答えは頼みごとを極力断らないという物だった。それなら何とか実行できるし、実績があれば多少口が悪くとも大目に見てもらえるだろう。そう考えての事だった。
そんな考えと生来の真面目さが合わさり、彼は頼まれたことは(嫌々ながら)必ずやる子供になった。
その甲斐あってチユキの評判は口も態度も悪いが頼みごとをきちんと手伝ってくれる良い子、という評価に落ち着いた。
時々本当に5歳児なのだろうか?という疑問に駆られる村人も出てくるが、あまりの口の悪さに圧倒され、そんな疑問もどうでもよくなるという。
俺は俺のためにやってんだよ。親切心じゃない。ただ自分の立場を守るためにやっているだけ。もっとも言った所で、お前らがそれを理解してくれるわけ無いんだろうけれど。
チユキは鼻を鳴らした。
ようやく家までたどり着く頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
くそ、やっぱりあのガキどもはとんでもない糞だ!今度から見かけ次第に逃げ出した方が良いな。となると気配察知の訓練をもっと増やした方が良いのか?
チユキは先ほどの事を思い出して再び憤慨しながら、乱暴にドアを引き開けた。
「あ、お帰りチユキ、遅かったけど、またお手伝い?」
出迎える母親、シキをひと睨みしてから、チユキは家に上がった。
「おいチユキ、母さんに対してその態度は何だ!」
「だまれヘタレうんこ、カッコつけたいからってお兄ちゃん風吹かすのはよせ。お前に威厳何て生まれた時から無いんだからな。ありもしない物を吹かせようとするのは滑稽だぞ」
チユキは前に立ち、説教をかます長男、ナツにさらりと言ってのけ、その脇を通り過ぎた。これが考え抜いて出てきた言葉ではないのだから恐れ入る。
「う、うわあああああああ~ん!!!」
「お~よしよし、良い子ねぇ…ちょっとチユキ!言い過ぎよ!」
「はんっ」
号泣して縋りついてくるナツをあやしながら母はチユキを咎めたが、彼は素知らぬ顔で群がってくる弟と妹を引き剥がしながら、自室へと向かった。
階段を上り、しつこく足にまとわりついて来る愛犬を蹴っ飛ばしてドアの前から退けると、チユキは自室へと入った。
自室と言っても彼含めた兄弟全員がこの部屋に詰め込まれており、正直この部屋ではあまり休むことはできないでいた。
これじゃまるで刑務所生活だな、とチユキは兄弟が抱き着いてきてぎゅうぎゅう詰めでろくに眠れない夜が来る度に、そう思わずにはいられなかった。
チユキはあまり寝心地がよろしくない、兄弟全員が寝られる大きさのベットに横になり、窓の外を眺めた。
太陽は仕事を終えたとばかりにすっかり顔を隠し、夜勤で出動してきた月が我が物顔で空を支配下にしていた。
星は月に倣って光を放ち、空の主を引き立てるために必死なようだ。月は昼の太陽では味わえない星の光に囲まれて、満足そうに真ん丸だった。
チユキはベッドに横になって月を見上げながら、こんな風に月を見た事が前にもあったな、とぼんやりと思った。
そう思っていると、不意に1度目の人生の最後の瞬間が脳裏にパッと閃いた。自らの死を悟り、呆然と仰いだ雲一つない天に浮かんでいたあの満月に。
あの時の月と、今見上げている月がチユキには不思議とダブって見えた。
価値観も何もかもが前の世界と違うこの世界でも、月の在り方は変わらないんだな、とチユキは柄にもなくそんなことを考えた。
自分が死ぬ間際に見たあの真ん丸な満月を、生き返って再び拝めるとは、人生とはなんて奇妙なのだろうか。
チユキは苦笑いを浮かべた。
どうも満月とやらは人をセンチメントな気分にするのが好きらしいな。
母に夕食で呼ばれるまで、チユキは窓からのぞく月を見上げながら物思いに耽るのであった。
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